カウンセリングとは?ストンと腑に落ちる感覚をかさねること。

例えばりんごひとつとっても、日本人は「りんご」と認識していますがアメリカのかたは「アップル」と認識しています。

だからと言って、「りんご」という表現が正しくて「アップル」という表現が間違っているわけではありません。

「りんご=アップル」を机のうえにひとつおいた時、同じ物体を「りんご」と表現しても「アップル」と表現してもどちらもOKです。

カウンセリングとは?ストンと腑に落ちる感覚をかさねること。

このように、ものごとへの感じ方やものごとの捉え方やその表現方法は、これが絶対正しい!という唯一の正解はなく、むしろ絶対正しい表現ひとつに無理にまとめようとすればするほどかえってまとまらず、グルグルと延々にまとまらなくなってしまいます。

例えば日常生活でも、「いいこと」と「嬉しいこと」というふたつの表現があります。

私は先日、世の中で評判の良いレストランで食事をしました。ですが正直、私はあまり美味しいとは感じませんでした。

このように、世の中で評判の良いレストランの料理を自分が美味しいと感じるとは限らない=世の中のいいことが自分にとって嬉しいとは限らないわけです。

だからといって、そのレストランの料理がダメなわけでもわたし=寺井の味覚がダメなわけでもなく、レストランの料理は素晴らしいのだけれど、美味しい料理を食べ慣れていない寺井さんの味覚とのマッチングが残念だったわけですね。

ファッションも映画も食物も、世の中でいいと呼ばれているものが自分にとって嬉しいとは限らないわけです。

世の中で言われているいいことが自分にとって嬉しいこととは限らないわけですから、なにかいい方法はないか?どうすればいいのか?と世の中に正解を探し求めても、無理になんとかしようとすればするほどかえって見つからず、グルグルと延々に苦しくなってしまいます。学校や家庭や職場や人間関係の中ですと、周りの人たちがいいと言っているモノや意見を自分が望ましいと感じられないのは、自分がダメだからだ!自分がおかしいからだ!と早とちり&勘違い&思いこみしがちなのも人のココロの仕組みのひとつです。

なので、ひとりではついつい「自分がダメだ!自分が悪い!」と早とちり&勘違い&思いこみしがちなご自分への印象&自分への認知を、ふろしきを広げるように、あなたとわたしの二人でおもむろに広げてゆったりと捉えなおして、 そう言われてみると‥そう言えば‥もしかして‥だとすると‥そっかぁ‥そうだなぁ‥そうかもなぁ‥と、ゴルフボールがストンと穴に落ちるように腑に落ちる納得や安心をかさねて、あなたがあなたにしてしまった早とちり&勘違い&思いこみをアップデートして解きほぐいしていく作業を、当方メンタル心理そらくもの心理カウンセリング&心理セラピーと言います。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 17時39分--

カウンセリングとは?美容院さんや床屋さんのような雰囲気かな?

心理カウンセリングって言うと、何かよくわからなかったり怪しかったりしますね。心理カウンセリングによって生み出されるものは手に取って確かめられるわけではないので、心理カウンセリングってよくわからないなぁ。。なんだか怪しいなぁ。。とお感じになられることも当然だろうなと私も思います。

心療内科さんや精神科さんは薬物療法=お薬という手に取れるものを処方してくれる。。
整体さんはマッサージという肌で感じ取れるものを与えてくれる。。
ラーメン屋さんはラーメンという味わえるものを提供してくれる。。

じゃあ、心理カウンセリング屋さんは?って言うと、気分や気持ち、考え方や価値観、感覚や感情といった、計りやメータや写真や数値では実感できないものに真摯に携わっていく人たちなのでしょうね。なので、目に見えないものは信じない、自分以外の人に説明できないと意味がない、と思いたい方にとっては、心理カウンセリングが何かよくわからなかったり怪しかったり意味のないものに感じてもとても自然なことですね。

さて、ここまでお読みいただいてお分かりいただけるかと思いますが、心理カウンセリングってどういう感じなの?ということを確かめるためには、じつは私=寺井さんに会わない限り確かめようがない。ということになりますね。とはいえ、このホームページの目的は、私=寺井さんに会うことでようやくわかり始めることができる心理カウンセリング屋さんの雰囲気を、私=寺井に会う前に、なんとか少しでもみなさんにお届けしたいものです。なので、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーの雰囲気を、私=寺井さんに会う以前に、なんとか少しでもみなさんにお届けしてみようと思います(^-^)

そんな私がこのたびお力を借りたいのが、美容院さんや床屋さんの雰囲気です。

美容院さんや床屋さんってみなさんいかれますかね?私はどちらかというと床屋さんに行くことが多いですし、昔は美容院さんにも言っていました。

美容院さんや床屋さんも、私がお店に着くなり私の意思を無視して勝手に髪の毛を切り始めてしまうわけではありませんね。

「今日はどうしますか?」
「どれくらいの長さにしましょうか?」
「もみあげはどんな風に仕上げましょうか?」

といった具合に、私=寺井さんがどうしたいのか?=寺井さんの願い&希望をシャアしながらの共同作業となりますね。

それと同じように、心理カウンセリング屋さんも、あなたさまが到着するなりあなたさまの意思を無視して私=寺井さんが勝手になにかを始めてしまうわけではないわけですね。

「今日はどうしましょうか?」
「自分のどんな部分や自分のどんな気持ちを楽にしてあげたいですか?」
「目をあけて明るい雰囲気で?目を閉じてしみじみとした雰囲気で?どんな雰囲気で進めてみたいですか?」

といった具合に、クライアントさま=あなたさまがどうしたいのか?=あなたさまの願い&希望を、あなたさまと私=寺井の二人のチームとしての願い&希望として大切にシャアしながらのチームワーク=共同作業となるわけですね。

そして、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーは、読んで字のごとく、カウンセリングとセラピーの二つのパートの分かれており、前半をカウンセリングと呼んで後半をセラピーと呼びます。

カウンセリングとは?美容院さんや床屋さんのような雰囲気かな?

美容院さんや床屋さんになぞれば、どんな髪型にしたいか?髪の長さをどれくらいにしたいのか?など、クライアントさまであるあなたさまの願いや希望をゆっくりとお聞かせ頂き、クライアントさまであるあなたさまの願い&希望をあなたさまと私=寺井の二人のチームとしての願い&希望として大切にシャアしていく共同作業を前半のカウンセリングというわけです。そして、美容院さんや床屋さんになぞれば、どんな髪型にしたいか?髪の長さをどれくらいにしたいのか?など、クライアントさまの願い&希望をに沿って美容院さんや床屋さんとの共同作業で髪形を整えていくのと同じように、前半のカウンセリングにてシェアさせて頂いたあなたさまと私=寺井の二人のチームの願い&希望を、二人のチームワークにて共同作業で大切に実行し、あなたがあなたの心に穏やかさや落ち着きや安心を育んでいくパートを後半のセラピーというわけです。

くわえて、美容院さんや床屋さんって無理をしてでも毎週通い続けなくてもOKでしょ?ほかのご予定やお財布の事情も大切にしたいですよね。それと同じように、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーも無理をしてでも通い続けなければ意味がないものではありません。

また、美容院さんや床屋さんを利用するリズムや間隔って人それぞれですね?毎月一回と決めている方もいらっしゃるかもしれませんし、必要さを感じたらそのとき再び利用しようという方もいらっしゃいますね。それと同じように、当方メンタル心理そらくもの定期的に利用したいというクライアントさまもいらっしゃいますし、必要さを感じたらそのとき再び利用しますというクライアントさまもいらっしゃいます。

このように、美容院さんや床屋さんの雰囲気のように、あなたと私の二人のチームワークでもって、あなたの心を今より心地よく穏やかに過ごせるようにコンディションを整えてあげていく機会が、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーの雰囲気です。

それでは、いつの日か、あなたさまにお会いできることを楽しみにしておりますね(^-^)

©2012-メンタル心理そらくも
-- 11時34分--

カウンセリングとは?:仕事に行きたいのに行けなくなってしまいました。

この記事を読んてくださっている方の中にも、お仕事に行けなくなってしまった。という苦しい想いを感じてくださっている方もいらっしゃるかもしれません。

お仕事に行きたいのに行けない。

とても苦しいことだなと私は思います。

○○したいのに○○できない。

なぜこのような苦しくも不思議なことが起こってしまうのでしょうか?

カウンセリングとはどんな感じか?一緒に感じてみましょう。

人の意思には、○○したい=WANTと○○しなきゃ=MUSTがある。

○○したいという願いがわかっているのに、それをしたくてもできない。という不思議なことが起こるということは、少なくともふたつ以上の意思や思惑が巡っている結果だということですね。

その苦しくも不思議な心のアヤを解きほぐすために、ますは人の心の仕組みである無意識と意識に注目しながら解きほぐしてみましょう。

さらにこの記事では、もう少し心理学的なエッセンスもミックスして、無意識に感じる本音を○○したい。意識して作っている建前を○○しなきゃ!○○しちゃいけない!と置き換えて以下のように表現してみましょう。

本音=「ほんとは○○したい」=無意識

建前=「でも○○しなきゃいけない」=意識

こんな風な味付けをして、【お仕事に行きたいのに行けない。】という苦しくも不思議な想いを解きほぐしていきましょう。

ほんとにお仕事に行きたいのか?ほんとはお仕事に行かないでいたいのか?

さて前段で整理した本音と建前に照らし合わせてみると、以下のふたつの心の模様が仮説として見えてきますね。

ほんとはお仕事に行きたい。でも家にいなきゃいけない。

ほんとは家で静かに休んでいたい。でもお仕事に行かなきゃいけない。

行けない。というのはあくまで結果なので、意思や思惑が見えてきません。

なので大切なのは、お仕事場に行きたい意思とお仕事場以外の場所にいたい意思のふたつの思惑が葛藤した結果、行けなくなってしまった。という結果が生まれてしまった。ということですね。

さて、あなたは。。。

本音=ほんとはお仕事に行きたい。建前=でも家にいなきゃいけない。

本音=ほんとは家で静かに休んていたい。建前=でもお仕事に行かなきゃいけない。

①と②どちらがあなたの心の模様に近しいですか?

心理カウンセリングとは選択肢を絞るのではなく選択肢を増やすこと。

今あなたが感じてくださっている心の模様が、①に近しいとしても②に近しいとしても、どちらであっても素晴らしい心の模様だなと私は思います。

もし①が近いしいと感じて下さっているのなら、ご家族やお住まいの環境になにか気がかりを感じているのかもしれませんね。

もしそうだとしましたら、ご家族やお住まいの気がかりをすっきりしてホーム=土台を安定させてからより安心して、アウェー=お仕事に取り組みたい。という素晴らしい意思を私は感じます。

もし②が近いしいと感じて下さっているのなら、お仕事の負担や職場の環境になにか気がかりを感じているのかもしれませんね。

もしそうだとしましたら、アウェー=お仕事の負担や職場の環境に心地よいコンディションで向かっていけるように、あえて一旦お仕事とは距離を置き、ホーム=ご家族との時間やお仕事場以外の場所で心的エネルギーを充電し、心のコンディションを整えてからより安心してお仕事に取り組みたい。という素晴らしい意思を私は感じます。

①であっても②であっても、お仕事もご家族もどちらも大切に感じている。だからこそ迷いと葛藤を感じて故に苦しい。ということなのかもしれませんね。

迷いと葛藤とその苦しさの大きさの分だけ、お仕事もご家族も両方ともとても大切に感じてくださっている。ということではないかな?と私は感じました。

もしそうだとしましたら、二兎を追うものは一兎をも得ず。の習いもございますので、順序をつけて、お仕事もご家族も両方ともどちらも大切にしていけるお手伝いをさせていただけますと私は幸いに思います。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 23時01分--

パニックって?不安はダメだ!と不安は嫌だ!の違い

不安が止まらない。不安で不安で仕方がない。

不安は確かに嫌な感覚ですね。ソワソワしてイライラして慎重になって身動きが取りづらくなります。楽しめないし眠れないし焦ってしまいますね。

では不安が全くなくなったらどうなるか?

すると慎重さが全くなくなるわけですから、自動車の運転は事故だらけお仕事も家事もミスだらけ怪しい詐欺にも掛かりまくってしまうかも。

関節が曲がりすぎると痛みを感じて怪我を避けられるように、不安を感じて慎重でいられるから事故やミスや詐欺を回避できて生命の安全を確保できる。

いわば不安とは生命を守る警備隊のようなもの。

不安はダメだ!と警備隊をダメ出しすると、警備隊はより一層ハッスルし警備体制を教化=不安を強化してくれるかも。

生命を守ってくれているからといって大きな不安=厳重な警備に耐え続けろ!っていうのも窮屈で苦しい。

だったら、不安はダメだ!とダメ出ししてかえって不安を強化するより、不安が大きすぎて嫌だ!今は安全だから不安を和らげて欲しい!と素直にお願いしてみると不安を和らげ始められるかも。

不安はダメだ!は臭いものにフタをして嫌なものから逃げ惑って不安に怯え不安を怖がり不安を不安で煽って強化している。

いわば不安という炎を慌てて消そうとするあまり、不安という炎を不安といううちわで一生懸命に煽って消そうとして、かえって不安という炎を燃え上がらせてしまっている心理をパニックっていうのかも。

不安は嫌だ!は臭いものは臭いと勇気を持って素直に認めて不安を和らげ始めようとしている。

このように、不安という感情の捉え方を認知といいます。

そうしますと、【不安という感情】がダメなのではなく、【不安はダメだ!という認知】がダメ=不安を強化しているのかも。

さてあなたは、
【不安はダメだ!という認知】で不安を捉え続けるほうが未来に希望を感じますか?

それとも、
【不安は必要だけど嫌な気持ちでもあるなぁ!という認知】で不安を捉え始めたほうが未来に希望を感じますか?

このように、心のクセや心のアヤの解きほぐしを心理カウンセリング&心理セラピーって言います。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 22時56分--

カウンセリングの例え話:太陽とスッポン

心理カウンセリングの目的や雰囲気について例え話で表現した記事です。

あるところにスッポンが暮らしていました。

なんでか?どうしてか?はわからないのだけれど、スッポンはじっとしたまま動きません。

そんなスッポンの頭上にはカンカンと輝く太陽がおりました。

カンカンと輝く太陽のせいでスッポンの甲羅はみるみる乾いてしまい、スッポンはとても苦しい想いを感じておりました。

それでもスッポンは我慢して我慢してじっとしたまま太陽の陽射しにひたすら耐えておりました。

我慢していればきっといいことがあるはずだ。。。頑張っていればきっとわかってもらえるはずだ。。。 と、スッポンはこのような想いを感じながら、ただただ我慢して頑張って耐え続けておりました。

けれどもスッポンがいくら頑張って我慢しても太陽は変わらずカンカンと陽射しを注いでいます。

意地悪なくらいに、太陽は変わらずカンカンと陽射しを注ぎ続けています。

スッポンはこんな風に想いました。

僕がこれだけ頑張って我慢して苦しい想いをしているのに、太陽はなんでわかってくれないんだ?

太陽はちっとも気づいてくれないし、ちっとも陽射しを和らげてくれない。。。

太陽はなんて悪いやつなんだ!太陽はなんて使えないやつなんだ!

スッポンは胸のうちでモヤモヤ&グルグルと想いながらも、ただただ我慢して頑張って耐え続けておりました。

我慢していればきっといいことがあるはずだ。。。

ほんとは苦しいんだ。。。だから陽射しを和らげてください。。。なんて太陽に言えないよ!黙って頑張っていればきっと太陽のほうが気づいてくれるはずだ。。。

しかし太陽からしてみれば遠く離れたスッポンの姿は残念ながら見えようもなく、苦しんでいるスッポンの気持ちに気づきようもなく、苦しんでいるスッポンのために陽射しを和らげてあげるなど思いもよらないことでした。

そのうちスッポンはこんな風に想いはじめました。

僕がこれだけ頑張って我慢して苦しい想いをしているのに、太陽はわかってくれない。。。みんな何も言ってくれない。。。

よく我慢したねって誰かにわかってほしい。。。もう自由にしていいよって誰かに言ってほしい。。。

僕がこれだけ頑張って我慢して苦しい想いをしているのに、ぼくは誰にも気づいてもらえない。。。

ぼくはなんて悪いやつなんだ!ぼくはなんてダメなやつなんだ!

自分の苦しい想いをただただ我慢して頑張って耐え続けることで表現し続けたスッポン。。。

それでもちっとも気づいてもらえないスッポンは、いつしかわかってもらえない自分&気づいてもらえない自分が悪いんだ。。ダメなんだ。。と誤解してしまうようになりました。

それ以来、ほっと楽になるためには頑張って我慢して誰かに認めてもらわなければならなくなって、でもほっと楽になるためにはさらに苦しさを堪え続けなければならなくもあって、とても鬱々とした気分を感じるようになってしまいました。

スッポンは、もうなにも感じないロボットみたいに疲れ果ててしまい、苦しさが麻痺してしまうくらいにとても疲れ果ててしまい、自分は一体どうしたらいいのか?自分は一体どうしたいのか?がわらなくなってしまいました。

そんなぼーっとしているスッポンを見かねた一羽のカラスがこんな風に話しかけました。

カウンセリングってどんな感じか?感じてみましょう。

それでは、ここからカラスとスッポンの対話=カウンセリングの雰囲気を感じてみましょう。

カラス:わたしにはスッポンさんがずいぶん苦しそうに見えるよ。スッポンさんはこれから一体どうしたいんだい?

スッポン:どうしたいか?なんてわからない。ぼくはただ暑いのを我慢して耐え続けるしかないんだ。

カラス:そっか、スッポンさんは暑いのを我慢しているんだね。ところでスッポンさんはこれからも暑いのを我慢し続けたいのかな?それともほんとは我慢し続けたいわけではなくてほっと楽になりたいのかな?スッポンさんの望みはどちらなんだい?

スッポン:そりゃ僕だってほっと楽になりたいよ。でも太陽が意地悪だから暑いのを我慢するしかないんだ。

カラス:そっか、スッポンさんは太陽が意地悪だなって感じているんだね。ところでどうして太陽を意地悪だって感じているの?

スッポン:だって僕がこれだけ暑さに耐えて我慢しているのに、太陽はちっとも気づいてくれないからさ。。。。

カラス:そっか、スッポンさんがたくさん我慢して待っているのに太陽さんがちっとも気づいてくれないのだとしたら、そりゃスッポンさんにとって太陽は意地悪な存在に感じるだろうなとわたしも思うよ。

スッポン:うん。うん。

カラス:確かにスッポンさんが教えてくれてた通り、太陽が陽射しを和らげてくれれば暑さが和らいでスッポンさんはほっと楽になれるよね。でも太陽がなかなか気づいてくれないから、スッポンさんはとても苦しい。ってことなんだろうね。

スッポン:そうなんだ。ぼくはとても暑いし、苦しいし、それでも我慢して頑張っているのになかなか太陽に気づいてもらえなくてもうどうしたらいいかわからないんだよ。。。

ぼくは暑いと感じている。。。ぼくは苦しいと感じている。。。ぼくは我慢して頑張っている。。。ぼくは太陽さんに気づいてもらいたい。。。でもどうしたらいいかわからない。。。

このように、スッポンはカラスと対話をすることで、自分自身の胸のうち=想いや願いをあらためて素直に棚卸し&表現&発散&再確認できたことで少しだけこころがほっと楽になりました。

カラス:だったら太陽さんに陽射しを和らげてくださいってお願いしてみては?

スッポン:なんだって!?なんで僕がお願いしなきゃならないんだ!悪いのは太陽じゃないか!

カラス:そっか、スッポンさんは楽になりたい。でも陽射しを和らげてほしい!って太陽にお願いするのも嫌だ。ってことなんだね。それでは八方塞がりでとても苦しくなってしまって当然だよね。

スッポン:そうなんだ。僕も早く楽になりたいんだけど太陽にお願いするのも納得いかないんだよ。だからカラスさんから太陽にお願いしてくれないかな?

カラス:スッポンさんの言うとおりだね。スッポンさんのアイデアは素晴らしいと思うしわたしも協力したいのだけれど、わたしにもわたしの気持ちがあってね。。。太陽が陽射しを和らげてしまうと環境が変わって僕もほかのみんなも困ってしまう。だから残念だけど、陽射しを和らげてほしいと僕から太陽にお願いすることは嘘をつくことになるのでわたしは避けたいんだ。

スッポン:そっか、そうだよね。。。自分で何とかしなきゃ。。。だよね。。。

カラス:そうだね。スッポンさんの言うとおり、わたしや太陽さんになんとかさせようとするより、スッポンさんがスッポンさんを楽にしてあげる。っていうアイデアは、誰かに甘えて誰かを巻き込むわけじゃないし、誰かに一喜一憂して振り回されるわけじゃないから、一番平和的で確実なアイデアだなとわたしも思うよ。。。それにスッポンさんが楽になってくれるとわたしもホッと安心できるしね。

スッポン:ありがとう。。。でもぼくはどうしたらいいのだろう。。。

カラス:では、こういうアイデアはどうかな?太陽の陽射しはそのままそっとしておいて、太陽の陽射しに関係なく、スッポンさんがほっと楽になってしまってみては?

スッポン:えっ!?太陽の陽射しが暑いままでもぼくが楽になれる方法があるの?それが一番いいや!ぜひ教えてくれよ!

スッポンはカラスとの対話を続けることで、自分は今まで苦しいと感じていた。そして今も苦しいと感じている。だからといって太陽にお願いして楽にしてもらうのも嫌だ。だから太陽に楽にしてもらうより自分で自分を楽にしてあげたい!という自分自身の願いに気づいていきました。

カラス:そうだね。スッポンさんも太陽やぼくに楽にしてもらうとあとあとなんだか後ろめたいだろうからね。だからこそ太陽にお願いするのが嫌だ=つまりスッポンさんは自分で自分を楽にしてあげたいんだね。

スッポン:そうなんだ!太陽にお願いして助けてもらうのもなんだか癪で納得がいかないので、ぼくは自分で自分を楽にしてあげたいんだよ!カラスさん、その方法を教えてくれよ!

スッポンの素晴らしい意思を確認できてカラスはニコニコしていました。

カラス:わかりました(^-^)それでは、そこにある池に飛び込むだけだよ。なにも自分はじっと動かず無理に太陽を変えようとしなくても、自分から動いて太陽との距離を空けて池に飛び込めば太陽はそのままにスッポンさんは涼しくて楽になるでしょ?

スッポン:そっか!!!カラスさん、ぼく思い出したよ。ぼくは幼い頃からお父さんに苦しいことから逃げるな!って言われ続けてきたんだ。でももう限界だよ。もう自分を楽にしてあげたいよ。もう自分を自由にしてあげたいよ。だからぼくはもう苦しいことから逃げてもいいんだね。

カラス:そうだね。でも苦しいことから逃げていいかどうかは、とても大切なことなので、スッポンさんではないカラスのわたしには残念ながら決められないよ。もしスッポンさんがお父さんだったら今まで苦しいのを頑張って我慢し続けたスッポンさんになんて言ってあげたいの?

スッポン:そうだね。ぼくがお父さんだったら、今までよく我慢したね。もう自由に楽になってくれたほうがお父さんも嬉しいよ。って言ってあげたいよ!

カラス:素晴らしい気持ちだね。じゃぁ、少し目を閉じて、お父さんの想いをお父さんに代わってスッポンさんがスッポンさんに届けてあげるのも素晴らしいことかもね。

そしてスッポンは、少し目を閉じて深呼吸をしながら胸のうちでこんな想いを唱えました。。。

今まで苦しかったね。今までよく我慢したね。これからは苦しいのから自由になってくれたほうがお父さんも嬉しいよ。これからはもう自由にしてくれたほうがお父さんも喜んでくれると思うよ。。。。

しばらく目を閉じでいたスッポンはゆっくりと目を空けると、スッキリとした穏やかな表情をしながら、自分の意思で池に飛び込むことで自分で自分を楽にしてあげました(^-^)

そして、太陽は相変わらずカンカンと輝いておりました。そして、スッポンは池のなかで(^-^)でスイスイと気持ちよさそうに泳いでおりました。

それ以来スッポンは、あるときは太陽と距離をおき池の中でスイスイと泳いで(^-^)で過ごして、あるときは太陽に近づいて岩の上で甲羅干しをして(^-^)で過ごしました。

そして、太陽は相も変わらず今まで通りカンカンと輝いておりました。

こうして、過去の思い込みから自分を自由にしてあげることでスッポンはスッポンを自由にしてあげて、結果、太陽とスッポンの平和的共存=太陽も(^-^)でスッポンも(^-^)=共存共栄が始まりました。

いわば舞台でいえば黒子さんのように、クライアントさま自身の胸のうち=想いや願いをあらためて棚卸し&表現&発散&再確認する作業を安全距離を保って見守りほう助することを心理カウンセリングといいます。

いわば自転車の乗りはじめを後ろで支える人のように、クライアントさま自身の願いをクライアントさま自身が肯定していく=自然治癒&自然成長&自立&自信&自助=お悩みの終わりの始まり&こころの癒しと成長のエンジンをクライアントさま自身が安全に回し始める作業を安全距離を保って見守りほう助することを心理セラピーといいます。

そして、このお話のカラスの役割りを心理カウンセラー&心理セラピストといいます。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時45分--

カウンセリングって受けるもの?利用するもの?

心理カウンセリングを受けようと思います。。。心理カウンセリングを受けたいです。。。
 
日々皆さまからこんな大切なお気持ちをお聞かせいただけて私もとても嬉しく思っています。
 
今苦しい想いをしている自分を今から楽にすごせるようにしてあげたい。。。
とても素晴らしい願いですね。
 
さて、カウンセリング&セラピーってそもそも受けるものなのでしょうか?(^-^)
 
それとも、カウンセリング&セラピーって利用するものなのでしょうか?(^-^)
 
皆さまのなかには、どっちでも同じじゃん!っていう想いもあるかと思いますが、私から見るととても大きな違いと未来へのチャンスを感じることでもありますね。
 
カウンセリング&セラピーを受ける!って捉えてみると、わたしは寺井さんに〇〇してもらえる。。。わたしは寺井さんに〇〇されてしまう。。。みたいな感じになるかもしれませんね。
 
そうすると、カウンセリング&セラピーって一体、寺井さんになにをされちゃうのかな?。。。ってあなた以外=寺井さん=あなたの外側に意識が向いてしまいがち=寺井さんからあなたに向かってくるものに備え警戒心配になりがち=受動的になりがちですね。
 
そうすると、受動的=ずっとじっと気にして待つことになってしまって、でも待っても気にしても寺井さんになにをされちゃうのかな?。。。は、寺井さんに会う前には一向にわかりようがなくて、ソワソワ&モヤモヤ&グルグルとかえって心のアイドリングを続ける=かえってあなたのお悩みを強化することになってしまうのかもしれませんね。
 
では、カウンセリング&セラピーを利用する!って捉えてみると、わたしは寺井さんと一緒に〇〇してみたい!。。。寺井さんにはわたしと一緒に〇〇してほしい!。。。みたいな感じになるかもしれませんね。
 
そうすると、カウンセリング&セラピーでわたしはわたしになにをしてあげようかな?。。。ってあなた自身=あなたの内面に意識が向いていって=あなたに注目してもらえたあなたはほっと安心や落ち着きや自信を感じがち=能動的になりがちですね。
 
そうすると、能動的=あなたの胸のうちをあなた自身の音色でたくさん奏でてあげることがかなって、ほんとはわたしだって〇〇と思っているよ!じつは私は〇〇と感じていたんだよ!って内側に溜まっているもの=過去のストレスを安全に発散解放できて、心に空きスペースが生まれて、そのぶん心が軽くなったり心配が和らいだり落ち着きが増えたり余裕が広がったり。。。(^-^)な気持ちを生みだし=あなたがあなたの心のコンディションをあなた自身で整えてあげていけるのでしょうね。
 
すくなくとも、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーは、あなたが寺井さんに〇〇してもらえる機会=受動的な機会。というより、あなたがあなたに〇〇してあげていく機会=能動的な機会。となります。
 
つまり当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーは、あなたがあなたになにかをしてあげたい!という想いさえあれば、それがなによりで十分です。
 
具体的にあなたがあなたになにをしてあげたいか?についてはわかっていなくても、その想いさえあれば、カウンセリング&セラピーにてお会いしてからあなたと私の二人のチームワークで大切にわかる化&具体化していきたいですね。
 
なので、当方のカウンセリング&セラピーを利用する前の段階では、わたしはわたしをなんとかしたいのだけれど、やりかたがわからない。。。ってお気持ちこそが最高のお気持ちですし、わたしはわたしをなんとかしたいのだけれど、どうしたらいいかわからない。。。ってお気持ちこそが大切なお気持ちですし、わたしがわたしをなんとかしたいので、カウンセリング&セラピー=寺井さんの力を利用したいです!ってお気持ちこそがなにより素晴らしいことですね。
 
あとは、いつの日か、あなたとお会いさせて頂ける機会をあなた自身から与えていただけたとき=カウンセリング&セラピーであなたにお会いしてから、【前半のカウンセリング=後半のセラピーであなたがあなたになにをしてあげたいか?をあなたと私=寺井の二人のチームワークでわかってみるところからはじめてみる】→→【後半のセラピー=前半のカウンセリングで納得したあなたがあなたにしてみたいことをあなたと私=寺井の二人のチームワークで安全に納得しながら始めてみる】。。。。こんな流れが素晴らしいのかもしれませんね。
 
今苦しい想いをしている自分を今から楽にすごせるようにしてあげたい。。。という想いさえあれば、あとはお会いしてからあなたと私=寺井さんの二人のチームワークであなたの納得のペースで進めていく機会が当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーということですね(^-^)
 
なので、利用したいタイミングも、利用したいセッションも、ぜひぜひあなたがあなたためにお決めになっていただけますと私=寺井は何より嬉しいものです(^-^)
 
そして、あなたがあなたのためにお決めになってくださったあなたのご意思をあなた以上に尊重させて頂く役割が私=寺井の役割りとなるわけですね(^-^)
 
例え何週間先であっても、何か月先であっても、何年先であっても、いつまででも私はウェルカムですので、あなたがあなたのためにカウンセリング&セラピーを利用してみたい!という素晴らしいご意思をあなたの納得のタイミングでお聞かせいただける日を私はいつまででも楽しみとさせて頂いております。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 11時45分--

ネガティブ感情はマイナスだ!って言う大きな誤算

最近ネガティブって言葉をよく耳にしますね。
 
私がネガティブだからいけないんです。
 
ネガティブな考えばかりしているからうまく行かないんです。
 
最近、あたかも、ネガティブな感情を感じていること自体がマイナスだって大きな誤算をしてしまっている方と接する機会が多かったりします。
 
もしそうだとしたら、その方は、ますます苦しくなってしまうでしょうね。
 
だって、自分がどんな感情を感じるか?なんて選べないので、ネガティブな感情を感じてしまうこと自体に一喜一憂することになって、とても疲れてしまうでしょうから。。。
 
ネガティブな感情を感じていること自体がマイナスだってことにしていると、自分で作ったマイナスに自分が不安を感じて不安を膨らます。ってことになってしまうかもしれませんね。
 
ただでさえ不安を感じて苦しんでいるあなたなのに。。。
 
不安を感じているあなたにたいして、一番近くにいるあなたまでもが不安を上乗せすることになってしまって、あなたの不安はますます膨らんでしまうかもしれませんね。
 
イライラを感じているあなたにたいして、一番近くにいるあなたまでもがイライラを上乗せすることになってしまって、あなたのイライラはますます膨らんでしまうかもしれませんね。
 
それじゃ、ただでさえ苦しい自分にたいして、自分までもが苦しさを上乗せしてしてしまうわけですね。
 
そして、だいたい苦しさを感じている自分自体がいけない!ってことになってしまって、グルグルと遭難してしまうのかもしれません。
 
さて、ネガティブ感情って本当にマイナスなのかな?
 
不安はマイナスなのか?と問われたら、私ならこうお応えますね。
 
不安を感じていることは嫌だけど、不安の役割そのものはプラスだね。
 
つまり、私であっても不安を感じている最中は嫌なものです。
 
とはいえ、不安という役割があるからこそプラスもあるんですよね。
 
では、不安という役割があるからこそのプラスってなんですか?ってことになりますが。。。。
 
例えば、不安を感じることがゼロだったら、交通事故は頻発するし、オレオレ詐欺にもかかりまくってしまうし、そもそも身の危険をキャッチするセンサーがないことになりますので、いつまで命が持つのだろうか?ってことになって、それこそ不安を感じ続けることになりますね。
 
不安の役割とは、身の安全を守るためのサインなので、不安=大切な役割をゼロにしようとか、不安=大切な役割を消そうとすること自体が、かえって不安を膨らませてしまうわけですね。
 
つまり不安の役割とは、【今以上にマイナスを増やさない】というプラスなんですよね。
 
家計に例えれば、支出を減らすことでも、収入を増やすことも、収支に影響を与えることができますね。
 
そう考えると、支出を減らす=【今以上にマイナスを増やさない】というプラスより、収入を増やす=【今以上にプラスを増やす】というプラスのほうがわかりやすいので、ついつい、もっと!もっと!って前のめりに追い求めてしまい、はからずもかえって苦しくなってしまうのかもしれませんね。
 
たしかに、不安を感じている最中は嫌な感覚だけど、不安という役割そのものは必要なわけですので、不安という役割をゼロにすることを目指したり、不安という役割を消そうとすることを目指し続けると、残念ながらあり得ないゴールを目指すことになって、はからずもグルグルと遭難してしまうのかもしれません。
 
良薬は口に苦しということわざがありますが、苦いという感覚を感じている最中は私も嫌な感覚ですが、苦いという感覚によって生まれる良薬の役割はプラスなんですよね。
 
嫌な感覚だからと言って、自分にとってマイナスなわけではない。ということですね。
 
とはいえ、とても大きな不安をこれから我慢し続けてください。というわけではないのでご安心くださいね(^-^)
 
もし、今、あなたがとても大きな不安を感じているのだとしましたら、とても嫌な感覚だろうなと私も思います。
 
そして、今、あなたが感じているとても大きな不安の大きさが「100」だとしたら、「100」の不安を永遠に感じ続けるんじゃないか?って新たな不安が生まれてきてくれることも自然なことだと私は思います。
 
では、メンタル心理そらくも的には、どうしていくのですか?という問いにお応えさせて頂くと。。。。
 
今、あなたが感じているとても大きな不安の大きさが「100」だとしたら、「100」⇒「1」を目指していくのがメンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーってことになりますね。
 
はっ?ん?って感じましたか?
 
つまり、必要な感情=不安を「0」ゼロにしようとすると、必要なものを「0」ゼロにはできないので、かえって「100」⇒「200」⇒「300」と膨らんでしまうわけですね。
 
あなたが不安を消そうとすればするほど、不安を消されては生きていけない!という不安が同時に生まれてくれて、こころが生きるかどうかの戦争みたいになって、かえって「100」⇒「200」⇒「300」と不安が膨らんでしまうわけですね。
 
でも、あなたが不安を和らげようとすれば、不安は必要だと認めてあげることができるので、「100」⇒「50」⇒「10」⇒「1」と和らげてあげることが叶っていくわけですね。
 
もともと「100」あった不安が「1」に和らぐということは、あなたにとっては、不安は嫌だけどまぁいいか。となるわけですね。
 
感情はそのそも必要なので、それを「0」ゼロにしようとすると延々にグルグル遭難してしまう。。。。
 
感情はそもそも必要なので、存在は認めたうえで、「100⇒1」=どうでもいいレベルまで和らげて行く。。。。
 
存在を認めてあげなければ、なにをどうこうすることすら始められませんね。
 
存在を認めてあげるからこそ、次のステップとして和らげることを始められるのですよね。
 
戦争やテロがそうであるように、相手の存在を否定しようとすればするほど、かえって不安を和らげることすら始めなれらくて、はからずもグルグルと遭難してしまうのかもしれませんね。
 
あなたが嫌だと感じる感情があるのでしたら、その感情の存在は保証してあげたうえで、どうでもいいというレベルまで和らげてあげていく。。。
 
嫌な感情をやっつけるとか取り除くとか消し去るというより、嫌な感情に敬意を払った上で、どうでもいいというレベルまで和らいでいってもらう。。。
 
メンタル心理そらくもは、そんな平和的なカウンセリング&セラピーをお届けしているわけですね。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 21時22分--

カウンセリングの例え話:戦争をしたい人。戦争を終わりにしたい人。

あるところに、戦争をしたい人がいて、戦争を始めようとしていました。

その人は戦争を始める理由をみなにこう説明しました。

「となりの国の人たちって、無口だし、無愛想だし、なんだか怖いですよね?」

「となりの国の人たちは、無口だし、無愛想だから、私たちのことをきっと悪く思っているでしょう。」

「みなさん、このままでは自分たちの未来が心配じゃないですか?」

「みなさん、今よりもっと安心したいですよね。」

「だから今のうちに戦争を始めて、となりの国の人たちをやっつけて安心しましょう!」

そうやって戦争を始めることになってしまいました。

でも、となりの国の人たちも必死なので、戦争を続けても続けても、人々はなかなか安心できませんでした。

そして、はじめは戦争をしたいと言っていた人々のなかから、だんだんと戦争を終わりにしたい人が増えてきました。

戦争を終わりにしたい人たちは、こう説明しました。

「みなさん、となりの国の人たちのことより、戦争を続けること自体が心配じゃないですか?」

「みなさん、このままでは自分たちの未来が心配じゃないですか?」

「みなさん、今よりもっと安心したいですよね。」

「だから今のうちに戦争を終わりにして安心しましょう。」

戦争を終わりにしたい人たちは、戦争をしたい人たちに、こう説明しました。

「はじめは、安心できると思って戦争を始めたのですが、なかなか安心できませんね。」

「このまま戦争を続ける方が心配なので、そろそろ戦争を終わりにしませんか?」

すると戦争をしたい人たちは、戦争を終わりにしたい人たちにこう説明しました。

「私たちも戦争以外の手段で安心できたら一番望ましいんですが、今のところ、戦争でとなりの人たちをやっつける以外に、安心できる良い手段が見当たらないのです。」

それを聞いた戦争を終わりにしたい人たちは、戦争をしたい人たちにこう説明しました。

「あなたたちが戦争という手段を用いているのは、安心したい。という目的を満たすためなのですよね。」

「ということは、戦争をしたいあなたたちも、戦争を終わりにしたい私たちも、安心したい。という目的は同じだってことなんですね。」

「同じ目的地に向かっているのに、戦争する or 戦争しない。という正反対の手段を選ぼうとしているのですから不思議なものですね。」

そして、戦争を終わりにしたい人たちは、戦争をしたい人たちにこう質問しました。

「では、どうしてあなたたちは、戦争しなければならないほど安心できないんですか?」

すると戦争をしたい人たちは、戦争を終わりにしたい人たちにこう応えました。

「だって、となりの国の人たちにどう思われているのか?心配で心配で仕方ないので」

「となりの国の人たちがいなくなれば、心配しなくて済む=安心できると思ったのです。」

続けて、戦争を終わりにしたい人たちは、戦争を続けたい人たちにこう質問しました。

「なるほど、たしかに、となりの人たちがいなくなれば、心配するきっかけをなくすことができので、心配しなくて済む=安心できるかもしれませんね。」

「でも、ここまでやっても、きっかけをなくすことができずに心配はいまだ続いていますね。」

「それではこんなアイデアどうでしょう。」

「となりの国の人たちの本当の気持ちを確かめてホッとできたら、あなたたちはとなりの国の人たちに安心できそうですか?」

すると戦争をしたい人たちは、戦争を終わりにしたい人たちにこう応えました。

「そうですね。」

「今はとなりの国の人たちに悪く思われているって思えて仕方ないので、となりの国の人たちを消してしまいたいって思えてしまっているのですが。。。」

「もし、となりの国の人たちが戦争を仕掛けた自分たちを今からでも許してくれるなら、となりの国の人たちを信頼できるってことになりますね。」

「そうすれば、となりの国の人たちに悪く思われているんじゃないか?っていう心配も安心して終わりにできて、わざわざ戦争っていう仰々しい手段で安心しようとしなくてもよくなって、つまり一番ラクですね。。。」

続けて、戦争を終わりにしたい人たちは、戦争をしたい人たちにこう提案しました。

「それでは戦争を終わりにしたい私たちがとなりの国に行って、となりの国の人たちが自分たちをどう思っているのか?を確かめてきますね。」

そうやって、戦争を終わりにしたい人たちは、自分たちが安心するために&戦争をしたい人たちが安心できるために、となりの国を訪れました。

そして、戦争を終わりにしたい人たちは、となりの国の人たちにこう問いかけまいた。

あなたたちは、戦争を仕掛けた私たちのことをどう思っているのですか?」

すると、となりの国の人たちはこう応えました。

「どうして戦争を仕掛けてくるのかな?と、正直不思議に思っています。」

「戦争さえ終われば、私たちも安心できるので、戦争を仕掛けてくる理由を知って、戦争を終わらせて安心したいなと私たちも思っているのです。」

すると、戦争を終わりにしたい人たちは、となりの国の人たちにこう応えました。

「あなたたちは、戦争を終わらせることで安心したいって思っているんですね。」

「じつは、私の国の戦争をしたい人たちは、戦争そのものをしたいわけではなくて、安心したいということが目的なんですよ。」

「くわえて、戦争を終わりにしたい私たちも、戦争を終わらせて安心したいためにあなたの国にやってきたのです。」

「ということは、戦争を終わりにしたい私たちも、私の国の戦争をしたい人たちも、そしてとなりの国のあなたたちも、安心したい。っていう目的は同じだってことなんですね。」

「同じことを願っているのに、同じ目的地に向かおうとしているのに、わざわざ戦争しなければならないなんて滑稽な話ですね。」

すると、となりの国の人たちは、こう応えてこう質問し返してきました。

「あなたの仰る通りですね。」

「でもなぜ?あなたの国の戦争をしたい人たちは、わざわざ戦争という手段で安心しようとしたのでしょうか?」

「やっぱり、どうして戦争を仕掛けてきたのか?を知りたいものですね。」

すると、戦争を終わりにしたい人たちはこう応えました。

「もっともなお気持ちですね。」

「まず、先ほどもお話しさせて頂いたように、私の国の戦争をしたい人たちも、あなたたちと同じく、安心したくて戦争という手段を用いたわけですね。」

「ではなぜ?わざわざ戦争という手段を用いたかというと、じつはとなりの国のあなたたちに対する思い込みや誤解があったわけなのです。」

「つまり私の国の戦争をしたい人たちは、あなたたちに悪く思われているって思い込んでいて、ついつい戦争という手段を選んでしまったのです。」

「でも今では、となりの国のあなたたちの想いを確かめて安心したい。って願えるようになっています。」

「くわえて、私の国の戦争をしたい人たちは、もし戦争を仕掛けたことをあなたたちが今からでも許してくれるなら、あなたたちを信頼できて、安心できて、それが一番望ましいって言っています。」

「いかがですか?戦争を仕掛けたこと&戦争による犠牲については、精一杯の償いを致しますので、今から戦争を終わりにして、お互いに安心しませんか?」

すると、となりの国の人たちはこう応えてくれました。

「そうだったのですね。」

「あなたの国の戦争をしたい人たちは、私たちに悪く思われているって思い込んでいたのですね。」

「じつは、私たちは、あなた対以外のよその国の人たちにも誤解されがちなのです。」

「私たちは無口ですし無愛想なので、よその国の人たちによく怒っているように誤解されてしまいます。」

「なので、あなたの国の戦争を仕掛けた人たちが、私たちに悪く思われているって誤解してしまったことは私たちもよくわかります。」

「なので、あなたの国の戦争を仕掛けた人たちにこう伝えてくれませんか?」

「私たちも、あなたと同じように安心したいと思っています。」

「そして、あなたたちが私たちに悪く思われているんじゃないか?って誤解してしまったいきさつもわかり、戦争を仕掛けてしまった理由もわかったので、私たちは今から戦争を終わらせることでもっと安心したいと思っています。」

「なので、あなたたちも私たちと同じように、戦争を終わりにするという手段で安心しようとしてくれたら、あなたたちを許すことができて私たちも嬉しいです。」

「あなたの国の戦争を仕掛けた人たちに、このように伝えてくれませんか?」

すると、戦争を終わりにしたい人たちはこう応えました。

「わかってくれてありがとうございます。」

「そして、あなたたちのとても素晴らしい想いを受け取ることができて、戦争を終わらせたい私たちもとても安心できました。」

「なので、あなたたちの想いは、私が責任をもって私の国の戦争を仕掛けた人たちにお伝えさせていただきます。」

こうしてとなりの国を訪れた戦争を終わりにしたい人たちは、となりの国の人たちの想い=メッセージを受け取って自分の国に戻ってきました。

そして、戦争を仕掛けた人たちにこう伝えこう問いかけました。

「となりの国の人たちは、あなたたちが戦争を仕掛けたことを許したいと言っています。」

「とはいえ、どうすれば許されることになるか?ですが。。。」

「ひとつは、戦争を仕掛けたこと&戦争による犠牲については精一杯の償いをすること。」

「もうひとつは、戦争を終わりにすることでみなで安心しようとすること。」

「つまりとなりの国の人たちは、あなたたちを許し戦争を終わりにすることで安心することを望んでいますので、戦争を仕掛けてしまったあなたたちも、となりの国の人たちと同じように、今から戦争を終わりにすることで安心しようとしてくれさえすれば、あなたたちを許してくれるそうです。」

「いかかですか?まだ今まで通り戦争をするという手段で安心しようとしますか?それとも今から戦争を終わりするという手段で安心しようとしますか?」

すると、戦争をすることで安心したかった人たちはこう応えました。

「ありがとうございます。」

「となりの国の人たちの想いを受け取ることができてとても安心できました。」

「なので、私たちもとなりの国の人たちと同じように、そしてあなたたち(=戦争を終わりにしたい人たち)と同じように、戦争を終わりにするという手段でこれからもっと安心していきたいです。」

こうして、戦争をすることで安心したかった人たちは、戦争を終わりにすることで安心したい人たちへと自分を変えることができました。

そして、戦争をしたかった人たちも、戦争を終わらせたい人たちも、となりの国の人たちも、みな同じように安心しようとしているんだけなんだと、みなの共通の目的に気づくことができて、みなで安心しようとしていける状態=平和を手に入れることができました。

人はついつい「どうすればいい?」という手段にばかり注目しすぎて、「どんな気持ちを増やしたいか?&減らしたくないか?」という目的を忘れがちなのかもしれません。

でも、目的=どんな気持ちを増やすために&どんな気持ちを減らさないために、手段=どんな行動をとっているんだよ。って、捉えていくと、ほとんどの手段=行動は、安心を増やしたいっていう目的で一致している場合が多いですね。

不安を感じているのは安心を守りたいからだし、焦りを感じているのは早く安心したいからですよね。

強迫観念という手段は、ただただ懸命に安心を見つけようとしてくれているんですよね。

うつ(鬱病)という手段は、ただただ安心できる方法を探してくれているんですよね。

対人恐怖という手段は、ただただ安心を減らさないように慎重になってくれているんですよね。

家族療法という心理学を生み出したアドラーは、人の行動には必ず目的があるって言っていますね。

私もアドラーの言うとおりだなと思います。

対人緊張、引きこもり、パニック、強迫観念、仕事を頑張るのも仕事を休むのも、結婚するのも離婚するのも、就職するのも離職するのも。。。。

これらはすべて、安心したいという同じ目的を満たすための同列の手段に過ぎないわけですね。

ある旅行先=ひとつの目的地に行くのに、電車のが良い!車のが良い!と手段にばかり注目して揉めてしまうのも滑稽な話ですものね。

でも同じ目的地に旅行に行くことが目的なんだって気づくことできると、「電車でも車でも、どっちの手段もOKだね。」ってなれるでしょうね。

こういった、行動の目的=気持ちに注目せず行動という手段や結果ばかり注目して、***するといい!、***すればこうなるかも?と手段のみを延々に選び繰り返すことを、一般的には人生相談というのでしょうね。

そして、行動という手段にばかり注目してしまえば、**病、**症候群、**症、。。。といった、否定的なレッテルを自分のハートに貼ってしまうことになってしまうのかもしれません。

でも、私が大切にしているのは心理相談です。

つまり心理相談とは、他人から見て理解しがたい行動にも、必ず目的があるって捉えてみる機会です。

自分が自分に感じている不思議な行動にも必ず目的があって、その目的はほとんどの場合、あなたにとってプラスの気持ちを増やそうとして、心の無意識=潜在意識という部分が自動で繰り返してくれているってことですね。

なので、心のしくみをよく理解したうえで、自分の考えや想いや行動の目的に気づいていくと、それだけでホッとできたり、安心できたり、落ち着くことができていけることを私はよく知っているつもりでいます。

こういう気持ちを感じたくて、無意識にこういう行動を繰り返していたんだ。。。

これ以上、こういう想いをしたくないから、無意識にこういう考えが浮かんでいたんだ。。。

こういう気持ちを嫌がっていたから、無意識にイライラが募ってしまっていたのか。。。

例えばこんな風に、あなたがあなたに感じる心の不思議さに、あなた自身が安心できたとき、それは未来のあなたにとって大きな安心材料となるだろうなと私は思っています。

あなたの心=無意識=潜在意識のメッセージを紐解いて、あなたがあなたの心に安心できるようになっていく。

そんな心のしくみ=心理を大切にしたサポートを毎日させて頂いているつもりで私はいます。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時58分--

防衛機制は心のギブス:自分は苦しめられている⇒自分は苦しんでいる。

耐えられないほどのあなたの苦しさはどこからやってくるのでしょう?
 
私が思うのは、あなたが感じている苦しさは、大きくわけてふたつの苦しさが混ざったものなんじゃないかな?ということです。
 
ひとつ目は、あなたの外からやってくる苦しさ。いわゆるきっかけですね。
 
あの人にわかってもらえなかった。
 
みんなにイジメられている。
 
職場の環境が苦しい。
 
仕事で失敗した。
 
つまりひとつ目は、あなたの外からやってきて、あなたが最初に感じることができた苦しさ。
 
わかりやすく言えば苦しさの出発点ですね。
 
もうひとつは、あなたの外からやってくる出発点の苦しさをあなたがさらに膨らませている二次的な苦しさ。
 
あの人にわかってもらえない自分が悪い。
 
みんなにイジメられている自分がいけない。
 
職場に馴染めない自分が弱い。
 
仕事の失敗を防げなかった自分の努力が足りない。
 
さて、あなたが周りの出来事から苦しさ感じた後、次のようにしてあげることで、あなたの苦しさは和いでいくとあなたは感じることができますか?
 
例えば、今苦しいからこそ。。。
 
自分がもっとうまく話せるようになって、あの人にわかってもらわなければならない。
 
自分がみんなみたいな人間になって、いじめられない様にしなきゃいけない。
 
自分が強くなって、職場に馴染めるようにならなきゃいけない。
 
自分が自分にもっと厳しくなって、仕事で失敗しない様にならなきゃいけない。
 
さて今苦しんでいるあなたに、今からあなたがこうしてあげることで、苦しいでいるあなたの苦しさを、あなたが和らげることができるとあなたは感じることができますか?
 
もしこの記事をここまで読んでくださって、たしかにこのままでは結局は苦しいままなのかも?と、あなたが気づくことができたのなら、もう少しこの記事を読んでみてもマイナスではないのかもしれません。
 
例えば先ほど書かせて頂いた、あなたの外からやってくるひとつ目の苦しさ=きっかけの苦しさを、あなたの心に灯った「火」に例えてみましょう。
 
あなたが周りの世界の出来事から苦しい気持ちを感じたとき、あなたの心に「苦しさをいう火」が灯ったとしましょう。
 
あなたの心に「苦しさをいう火」が灯った時。
 
その「苦しさをいう火」に向かって、
 
「自分が悪い」
 
「自分がいけない」
 
「自分が弱い」
 
「自分の努力が足りない」
 
という想いを、あなたまでもがあなたに届けてしまっては、あなたの心にある「苦しさをいう火」を、あなた自身がうちわであおってしまうような気がしませんか?
 
いうなれば、先ほど書かせて頂いたふたつ目の苦しさは、あなたの心に灯った「苦しさという火」を、あなた自身が「うちわ」であおってさらに大きくして上乗せしてしまった苦しさ。とも言えるのかもしれませんね。
 
つまりあなたの心に灯った「苦しさという火」を、あなた自身が「うちわ」であおって、さらに大きくしてしまっているんじゃないかな?って私は思います。
 
もしそうだとしましたら、あなたの苦しさを終わりにするチャンスは、あなた自身もちゃんと持つことができているということですね。
 
確かに、きっかけはあなた以外が持っているかもしれません。
 
親や同級生や友人や上司や世の中や家族や会社や仕事が変わってくれない限り、あなたの苦しさに終わりはない。とあなたが思えてしまっていても、今までは無理のなかったことだろうなと私も思います。
 
でも、あなたの心に灯った「苦しさという火」を、あなた自身が「うちわ」であおるところに今からでも工夫を求めれば、今苦しんでいるあなたは、今よりそのぶん安心出来ていくのかもしれません。
 
なので、今からあなたが望んであげれば、あなた自身の工夫で、あなたの苦しさを和らげてあげていくことも、未来にかなっていくだろうなとも私は思います。
 
灯台もと暗し。。。
 
灯台のように、周囲の変化に注目すればするほど、周囲の変化に期待すればするほど、周囲の変化に敏感になり、周囲の変化に一喜一憂することになり、あなたはもっと苦しくなってしまうのかもしれません。
 
でもふと落ち着いて、灯台の根本=あなたの胸元=あなたの心に注目してみれば、あなたの望みを叶えていけるヒントが、案外近くに見つけ出すことができることにもあなたは気づいていけるのかもしれません。
 
なので、今まで通り周囲の変化にも期待しつつ、これからは自分自身にも期待してみる機会を増やしてあげていくことで、もしかしたら、今までより確実に、あなたの苦しさを和らげてあげることができていくのかもしれません。
 
そんなお手伝いをさせて頂くことができたら私もとても嬉しいです。

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人にどう思われているか?が気になる心理は、今以上、人に傷つけられないように守ってくれているのかも?

無気力とは心の省エネモード?

©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時09分--

じぶんの背中、じぶんのこころ。

あなたは、あなたひとりであなたの背中をじっくりと見つめることができますか?
 
わたしは、わたしひとりでわたしの背中をじっくりと見つめることをとても難しく感じます。
 
もし、あなたもわたしとおなじように、じぶんの背中を見つめることに、難しさを感じることができたなら、それはとても自然なことだとわたしは思います。
 
それと同じように。。。
 
あなたは、あなたひとりであなたの心をじっくりと見つめることができますか?
 
わたしは、わたしひとりでわたしの心をじっくりと見つめることをとても難しく感じます。
 
わたしは、心の専門家とか、心理カウンセラーとか、心理セラピストとか、なんですが。
 
心の専門家とか、心理カウンセラーとか、心理セラピストという洋服の中身は、やっぱりあなたとおなじ人間なんですよね。
 
だから、わたしは心の専門家だからといって、わたしもあなたとおなじ人間なので、わたしひとりでわたしの心をじっくりと見つめることは私でもとても難しく感じます。
 
じぶんの背中はじぶん以外が一番よく見つめることができますね。
 
なので、じぶんの背中で起こっていることは、じぶんひとりだけではやっぱりわかりづらいものですね。
 
それと同じように。。。
 
じぶんの心で起こっていることは、じぶんひとりだけではやっぱりわかりづらいものですね。
 
それは、わたしであっても、あなたであっても、まったく等しくわかりづらいものですね。
 
だからこそ、じぶんの背中で起こっていることも、じぶん以外のだれかと一緒に見つめたほうがもっとよく見つめることができるのでしょうね。
 
だからこそ、じぶんの心に起こっていることも、じぶん以外のだれかと一緒に見つめたほうがもっとよく見つめることができるのでしょうね。
 
月にも地球からは見えづらいウラ側があるように、こころにもあなたからは見えづらいウラ側があるんじゃないかな?ってわたしは思います。
 
なので、あなたが望むなら、あなたとわたしでチームを組んで、あなたの心の全体全周をぐるっと眺めてみれば、今まであなたひとりではわかりようがなかった新しい発見を、あなたはたくさん見つけることができて、あなたがあなたに安心できていくだろうなとわたしは思っています。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時03分--