死にたい!ということは、もういい加減ホっとしたい。。ということでは?

死にたい。。。
 
私が日々いろいろな方達から聞かせていただいている気持ちですね。
 
まず最初に私が思うのは、本当に死にたいならわざわざ私に教えてくれることもないだろうな?ってことです。
 
命に関わる気持ちなんですから、その気持ちを満たしたいのなら、わざわざ私に教えてくれることもないでしょうね。
 
寒くて寒くて仕方がないので温かいお風呂に入りたいんです!という同じ命に関わる気持ちを、わざわざ私に教えてくれることは少ないだろうと私は思っています。
 
つまり言葉では死にたいって教えてくれるのだけれど、心で感じている気持ちは死にたいわけではないんだろうなってことです。
 
この前私は、自殺を計ったのだけれど今も命ある方達とお話しさせて頂く機会に恵まれました。
 
自殺を企図し、線路に飛び込んで片腕を失ったのだけれど、今も命あるAさんのお話しが印象的でした。
 
「死にたい気持ちは、橋から線路に飛び込んだ瞬間に満たされてしまい、次の瞬間から後悔が始まっていました。」
 
Aさんは、このような言葉で死にたいという気持ちとそれを満たそうとした時の瞬間的かつ貴重な心理を私に聞かせてくださいました。
 
なるほどなぁと私は深く深く思いました。
 
広い視野で考察してみれば、甘いものを食べてはいけないのに、どうしても甘いものを食べたい気持ちを感じてしまった時に、ついつい甘いものを食べてしまった瞬間は心が満たされるのだけれど、次の瞬間から後悔が始まる心理と似ているのかもしれないな?と私は感じました。
 
そう言う意味では、死にたい気持ちは死のうとし始めた瞬間に満たされてしまって、次の瞬間から後悔が始まってしまうわけですから、死にたいという気持ちを死のうとすることで満たすことは、案外難しいのかもしれないな?と私はふと感じました。
 
その疑問を確かめるには、死んだことのある人に確かめるしか方法がないのだけれど、死んだことがあって今も生きている人は残念ながらこの世の中にいるわけもないので、これ以上この路線で考察することは今は脇に置いておきますね。
 
では、死にたいっていう気持ちを私に聞かせてくれる方達は、どんな気持ちを心に感じて、死にたいって言葉で表現してくださっているのでしょうか?
 
かつての私自身もそうでしたし、私が日々思うのは。。。
 
もうたくさんだ。。。
 
日々生きているだけで苦しさが増えていく。。。
 
職場に行けば行くほど、学校に行けば行くほど、主婦でいればいるほど、親子でいればいるほど、夫婦でいればいるほど。。。
 
満たされない苦しい気持ちや、抱えきれない不安や、わかってくれない不満が、生きているだけで増え続けてしまう。。。
 
もうたくさんだ。。。
 
この苦しい気持ちが増え続ける流れを終わらせたい。。。
 
この苦しい気持ちが増え続ける流れを変えてホッとしたい。。。
 
死にたいって気持ちを紐解いていくと、こんなメッセージが隠されている場合が多かったりします。
 
気持ちをお金に例えれば、日々働けば働くほど、なぜか苦しい気持ち=借金が増えていってしまうとしたら、苦しい気持ち=借金を増やさないようにするために、苦しい気持ちが増えていくこと自体を終わらせる=生きることを終わらせたい=死にたいって思うことは、ある意味無理のないことではないかな?と私は思います。
 
同時に、死にたいっていう気持ちは、苦しい気持ちが増え続ける流れを終らせたいってことでもあるんじゃないか?と私は思っています。
 
もしそうだとしましたら、苦しい気持ちが増え続けていく流れだけを終わらせればいいのに、生きていることそのものを終わらせようとしてしまっているわけだから、迷いもあるし納得しづらい方が自然なのだけれど、他にいい感じの手段も見当たらず、辛い思いを募らせているってことなんじゃないかな?と私は感じています。
 
でも、大切なのはどんな気持ちを満たそうとしているか?という目的なんですよね。
 
なので、死にたい気持ちを感じている目的をひとつひとつ紐解いていくと。。。
 
【死にたい】⇒【苦しい気持ちが増え続けるのはもうたくさんだ!】⇒【苦しい気持ちが増え続ける流れを終らせたい!】⇒【苦しい気持ちが増え続ける流れを終らせてホッとしたい!】となっていく場合が多いです。
 
つまり死にたいという気持ちを感じている目的には、苦しい流れを全部止めてホッとしたい!という気持ちが隠されている場合がありますね。
 
なので、カウンセリングの中で、
 
【死にたいって感じることができるってことは、死にたいくらいに苦しいってことなのかもしれませんね。】
 
【頑張っても頑張っても苦しさばかりが増え続けてしまうのですから、とてもガックリきてしまう方が自然なんじゃないかな?と私は思います。】
 
【でも言い換えれば、死にたいくらいに苦しいので、いい加減全部忘れてホッとしたいってことなのかもしれませんね。】
 
こんな風に【死にたい気持ち】をひとつひとつ紐解いていくと、【自分は死にたいわけではなくて、いい加減全部忘れてホッとしたい】んだってことにお気づきになる方が多かったりもします。
 
そこで。。。
 
【もしDVDを一時停止するみたいに、世の中全部が止まって、あなただけが動けるとしたらホッとした気持ちを感じることができるかもしれませんね。】
 
とお話しすると、みなさん【そうかもしれません】と仰ってくださいますね。
 
そして、ヒプノセラピーで、【DVDを一時停止して、世の中全部が止まっているのだけれど、あなただけが動けている世界をイメージの中でたくさん味わうセラピー】を体感したりすると、ホッとした気持ちが味わえて、死にたい気持ちが和らいでいくことがあることも多かったりします。
 
とても焦り苦しんでいる方は、世の中が止まれば、焦りを感じる必要がなくなって、ホッとした気持ちを感じることができるわけですね。
 
もちろん、ドラえもんがいれば現実でもできるかもしれませんが、心=脳=現実もイメージも区別なく心を変化させてくれるわけですから、セラピーという機会で集中してイメージすることで映画のように心を動かし、ホッとした気持ちを生み出すこともできるわけですね。
 
つま、り死にたい気持ちを感じる目的は死ぬことではなく、全部忘れてホッとしたいということが多くて、全部忘れてホッとしたいことが目的なら、セラピーというイメージのパワーでホッとした気持ち=安心を生み出し味わうこともできるので、セラピーでホッと安心できて落ち着きを取り戻していけば、自然と死にたい気持ちが和らいで行ってしまうことも多々あったりするのも確かだということですね。
 
お風呂にお湯が注がれていって、満杯になれば誰だって蛇口を止めたいものですね。
 
それと同じように、苦しい気持ちが心に注がれていって、心が苦しい気持ちで満杯になり溢れ出せば、誰だってこれ以上苦しい気持ちが入ってこないようにしたいものですよね。
 
その時、心という器ごと消し去ろうとすることも、望むならひとつの方法なのかもしれませんが、セラピーという方法で現実とは関係なく死にたい気持ちを和らげて行くことも、ひとつのアイデアなのかもしれませんね。
 
心に満杯にある苦しい気持ちを発散して減らしていくのもセラピーだし、苦しさが注ぎ込まれる心の蛇口を調整できるようになるのもセラピーだし、注ぎ込まれた苦しさを心の外に排出しやすくすることもセラピーなわけですね。
 
現実の生活で手詰まりなら、心理セラピーという現実の生活以外の新しい手段=をみつけていくことも、新しいアイデアじゃないかな?と私は思っています。

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