嫌われる勇気:はじめてのおつかい

この記事は、当方が大切にしている心理療法のひとつ『家族療法と嫌われる勇気』についての当方なりの考え方を説明しています。

 

嫌われる勇気という言葉をご存知ですか?

嫌われる勇気は、家族療法で知られるアドラーの言葉です。

最近、カウンセリング&セラピーを共有させて頂いたクライアントさんからこんな言葉をよく聞かせて頂くようになりました。

さっき寺井さんがお話してくれたことが嫌われる勇気なんですね。

今日のセラピーで実感したことを嫌われる勇気って言うんだな。

くわえて、先日たまたま書店で『嫌われる勇気』という本をチラッと見かけて驚きを感じるともにとても嬉しくもありました。

しばらく前は、一般の方=特に日本人には誤解されやすい価値観だなと私は思っていましたが、こうして日々日常でも耳にするようになって、私はとても嬉しく思っています。

なぜならアドラーのエッセンスが色濃い家族療法は、私が大切にしている心理療法のひとつだからです。

なので、私も大切に感じているアドラーのエッセンスが、こうして徐々に広がっていることが、私はなにより嬉しいわけです。

嫌われる勇気をメタファー=例え話に変換

さて、心のことをわかっていこうとした時に一番最初に肝心なのは、難しい話を難しい理屈で表現してもより小難しくなってますますわかりづらく感じる。という心のしくみを大切にすることですね。

なので、アドラーの心理学=学問を理屈で述べてもより理屈っぽくなってさらにわかりづらく感じるほうが自然なので、わざわざ理屈で繰り返すより、今回は、わかりやすく伝える心理学=例え話=メタファーを用いて嫌われる勇気のエッセンスを感じていきましょう。

嫌われる勇気とは?例えるならはじめてのおつかい

「はじめてのおつかい」というテレビ番組がありますね。

生まれて初めての1人でのおつかいにチャレンジするお子さまを見守りましょう!という番組ですね。

小さなお子さまが泣いたり勘違いしたりしながら自分の力でなんとかしようとし始める=心理的自立の始まりを感じさせてくれる素晴らしい番組だなと私は思いますし、奥さんと二人で夢中になって見入っていますね(^-^)

さて、嫌われる勇気とは、例えるなら「はじめてのおつかい」に出演してくださっている「お母さんの想い」とも言えるのかもしれません。

心のいっぽうではお子さまの成長を願い、心のいっぽうではお子さまの安全を願う。。。

生まれて初めて1人でおつかいに出かけようとするお子さまは、「お母さん怖いよ!」「お母さんと一緒に行く!」「お母さん助けて!」と、必死の想いで悲哀=助けを求めて懸命に安全確保をしようとしてくれますね。

このとき、あぁ。。この子はかわいそう。。わたしはなんてひどいことをしているの。。。と、お母さんは同情で手を差し伸べたくもなりますでしょう。。。。

もし、かわいそう。。。という同情を優先してお母さんが一緒におつかいにいってしまっては、そもそも番組の企画は崩れてしまいます(^-^)

それはそれとして、もしかしたら、ぼくはいつまでお母さんに助けてもらえるのかな?わたしはいつになったらお母さんに信用してもらえるのかな?と、お子さまはお母さんの顔色をずっと伺い続けることにもなりかねませんね。

お子さまがお子さま自身のことよりお母さんのことを優先して気遣いを続ける。。。そしてお母さんがお母さん自身のことよりお子さまのことを優先して気遣いを続ける。。。このような心の模様を共依存といったります。

共依存自体は素晴らしい心の模様のひとつですね。

ひと昔前、三年B組金八先生が「人という字は人が支えあってできていまぁ~す!」と共依存=助け合いの素晴らしさを説いてくださいました。

ですが、注意が必要なのは、共依存とは大前提として自分のことを支えることができている=自立が叶っている時の余力を自分の責任で一時的に相手に振り向ける。ということですね。

もし、お互いが自分のことを支えることができないままに=自立が叶わないままに、お互いが自分のことを後回しにして相手のことを優先し同情を続ければ、いっときのはずの共依存がいつまでも続くことになってしまい、支えきれずに共倒れというとても残念な結果になりかねないわけですね。

嫌われる勇気とは?同情と愛情の狭間で感じる勇気

さて、「はじめてのおつかい」にお話を戻しましょう(^-^)

お子さまがより安心&安全でいよう=お母さまに助けを求めることは、それだけ懸命に生き抜こうとしているわけですので、とても素晴らしいことでもあります。

なので、お子さまは懸命に安全確保=お母さんに助けを求めることができている=お母さまの同情を求めることができる=お母さまに甘えようとしてくれていることは、この時期の小さなお子さまでしたら当然どころか健全な素晴らしい心の模様なわけですね。

なので、小さなお子さまからこのような懸命の悲哀を感じれば、誰だって(わたしもわたしの奥さんも)かわいそう。。。かわいそう。。。と、ついつい助けてあげたくなってしまう=同情してあげたくなってしまうのもとても自然なことでもあります。

とはいえ、番組に出演してくださっているお母さまたちは、このような同情を感じるのと同時に、こころの片隅では、ちょっとまって。。。この子がかわいそう。。。この子がかわいそう。。。と、この子への同情をいつまでも続けると、将来、この子はひとり立ちできず、かえってもっとかわいそうになってしまうかも。。。という愛情も同時に感じてくださっているのかもしれません。

だから。。。

もしかしたら、一時的にこの子に嫌われちゃうかもしれないけど、お互いの未来の(^-^)のために、この子のことはあえてこの子に任せはじめてみたい。。。

もしかしたら、しばらくはこの子に嫌われちゃうかもしれないけど、これからのお互いのよりよい(^-^)な関係のために、今のうちからだんだんとこの子のことはこの子に任せてこの子をもっと信用してあげたい。。。

そして、この子のことをこの子自身が大切にしてくれる様子を、この子と同じように私も一緒にソワソワ&ドキドキしながらそっと見守ってあげたい。。。

例えばこのように、お子さまをかわいそうな子だと決めつけて一方的に助けてあげてしまうより、この子のことを信用して見守ってあげたい!。。。という想いを優先し始めようとすることを、家族療法のアドラーは、嫌われる勇気と表現しているのだろうなと私は思っています。

いわば、同情と愛情の狭間を感じて苦しく想いが揺れたとき、短期的に取り繕う同情を優先することにくわえて、長期的な財産となる愛情を優先しはじめることもそろそろ増やしはじめてみよう!とする成長心理を、嫌われる勇気というのだろうなと私は思っています。

嫌われる勇気とは?大切なあの人のことは私よりあの人自身に任せたい!ということ。

自分の感情は後回しにして、相手の感情をどうこうしてあげようとすることを同情といいます。

自分の感情は自分が責任をもって満たし、相手の感情は相手に任せて相手を信用して相手の成長を見守ろうとすることを愛情といいます。

親子関係に限らず、夫婦関係でも、恋人関係でも、友人関係でも、会社関係でも、ママ友関係でも、いろいろな場面で=嫌われる勇気のチャンスを感じるものなのかもしれませんね。

いわば、二人以上の人間の間柄において、同情=共依存共倒れ傾向にくわえて、愛情=自立共存共栄傾向もだんだんと増やし始めてみようとする勇気を、嫌われる勇気というのだろうなと私は思っています。

とはいえ、日本には古来より、いわなくてもわかるでしょ!なんでまだやってないんだよ!なんでまだこうしてくれないんだよ!フツーはこうしておくでしょ!などなど、気遣い。気をつかう。気が利かせる。など、素早く相手に同情できることを美徳とするかのような文化もあったりしますので、この記事をお読みになって、頭ではわかっても嫌われるのはやっぱり怖いな。。。と感じてくださったとしても、とても自然なことでもあるだろうなとも私は思います。

まぁ、さらにゆるく例えるなら、かわいい子には旅をさせろ。とか、親ライオンは子ライオンをあえて崖から落とす。とか、愛のムチ!みたいな表現もわかりやすいのかもしれませんね(^-^)

短期的には嫌われるかもしれないけど、長期的にはお互いのハッピーを願っている想いを嫌われる勇気というのでしょうね。

なので、嫌われそう=厳しいかな?=相手がかわいそうと感じるからといって、体罰やハラスメントとは次元が違うわけですね(^-^)

ただ、嫌われる勇気=躾や指導や指示という綺麗なパッケージに包み隠して、お前のためだ!あなたのためよ!と、自分の感情を子どもや生徒や部下さんたちに八つ当たりすることを、虐待やハラスメントとも呼ぶのかもしれません。

ともあれ、このホームページのその他のいろいろな記事にも、嫌われる勇気のメタファー=例え話をたくさんちりばめておりますので、いろいろな記事をお読みいただき、当方のカウンセリングサービスへの利用価値を感じてくださるようでしたら、いつの日か当方へとご来訪いただけたとき、記事をお読みいただくより確実に、記事をお読みいただくより安全に、あなたの心の成長と心の自由をもっと大切に育んでいくお手伝いをさせて頂けましたら私も幸いに思います。

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2016年7月22日 | カテゴリー : 心理のコトいろいろ | 投稿者 : sorakumo

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