こどもと私:思春期&反抗期は、自動車を初めて運転したときのような気持ちかも。

今、娘たちは順調に成長してくれて、成長段階として新たなステップに進んでくれはじめています。

思春期、反抗期、青春期なんていいますが、生まれてからの10年という幼少期&少女期を無事に終えて、これからの10年はだんだんと1人の大人としての成長を育む時期になってきているわけですね。

お侍さんの時代でも元服といって、名前を変えたり髪形を整えたり1人の大人としてのデビューは、だいたい10~15歳前後でした。

現代においても、0~10歳の時期と10歳~20歳の時期とでは子どもの心も急激に変化していきます。なので当然のことながら、娘たちの心の成長に合わせて育ての親=私と奥さんも成長し、子どもたちとの距離感をだんだんと工夫し始めてみる時期に差し掛かっているわけですね。

最近では1/2成人式といって、10歳でひと区切りの風潮が再びだんだんと広がりつつあります。

幼少期の愛情表現=子どもの苦労成長を育ての親がなんとかしてあげちゃう依存傾向も、0~10歳くらいまでなら子どもは愛情として受け取ってくれるかもしれません。

ですが、順調に成長してくれて子どもが10歳以降になっているのに、育ての親は成長できないまま、子どもの苦労成長に今まで通りズカズカ干渉してしまうと、子どもは、親に助けられてしまった=親に邪魔されてしまった=親に迷惑を掛けてしまった=親に信用されていない=親に信用してもらえる力が自分にはない=自分は劣っている=自分は情けない=自分はダメな人間だ=親にすら信用されていないのだからほかの人間にも信用されるわけがない。。。と感じてかえって自信を失ってしまいます。なので、10歳以降=思春期、反抗期、青春期に差し掛かった子どもたちが、うるさい!あっち行って!決めつけないで!とイライラ&ツンケンと親を突き放してくれることは、とても逞しい自立&自我の芽生え=順調な心の成長なわけですね。

かわいい子には旅をさせろ。。ということわざがありますが、親が子どもを突き放すシーンより、子どもが親を突き放そうとするシーンのほうが、案外、昨今の日本ではよく見かけるような気がしますね(^-^)

とはいえ、例えば自動車の運転も最初はてんやわんやと誰でも等しくぎこちないように、育ての親からの自立の作業も一気には進まず、最初はてんやわんやと紆余曲折、人間であれば誰でも等しくぎこちないわけですね。

そんな自分で自分を知って自分で自分を乗りこなし始めようと試行錯誤する時期を思春期や反抗期や青春期って言うのだろうなと私は思っています。

思春期や反抗期のイラスト

例えるなら、思春期や反抗期や青春期って、教習所で自動車を生まれてはじめて乗りこなそうとしている時期のような、カウボーイがお馬さんを乗りこなそうとしている時期のような、そのような雰囲気なのかもしれないな?と私は思っています。

娘たちが生まれてからの最初の10年は、娘たちは育ての親=私と奥さんのことを100%信用してくれて育ての親のエスコートに従ってきてくれたのだけれど、これからの10年は、だんだんと自分で自分をエスコートし始めようとしている時期なのでしょうね(^-^)

だから初めのうちは、生まれて初めて自動車を運転するときと同じように、ザワついたり、やりすぎたり、ぶつかったり、トラぶったり、背伸びしすぎたり、我慢しすぎたり、伸びたり、縮んだり、動き回ったり、じっとしたり、とんだり、跳ねたり。。。。てんやわんやと豊かにザワつきながらいろいろな自分を発信表現して、自分が心地良いと感じる生き方=自分自身を心地良く乗りこなす感覚=自信を自分と自分のなかで育んでいる=懸命に自立をしようとしている時期なわけですね。

勉強、部活、遊び、恋愛、先輩、後輩、友達、家族、親戚、先生。。。。自分を取り巻くいろいろなステージでいろいろな立場の周囲の人たちとぶつかったり、触れ合ったり、離れたり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、怖がったり、ホッとしたり、やりすぎたり、なにもできなかったり、てんやわんやと豊かにザワつきながらいろいろな自分を発信表現して、自分はこれでOKかな?こんな自分もありなのかな?自分はどこまで許してもらえるのかな?自分はどこまで注目してもらえているのかな?=自分と周囲の人たちとの距離感や人間関係の練習、将来に向けて大人や他人との関わることへの安全確認みたいなものを懸命に育んでいる。

育ての親=私と奥さんからバトンを受け取って、だんだんと自分で自分をよく知り自分と自分が協力し合って未来へと歩みはじめようとしている時期なわけですね。

いわば、0~10歳までの【娘という自動車】のオーナは、育ての親=私と奥さんが名義人だったわけですが、10歳以降は【娘という自動車】のオーナを娘自身に引き渡し引き継ぐ。。。そんな時期に差し掛かっているのだろうなと私は思っています。

なのでこれから10年の=私は、だんだんと娘のことは娘に任せてあげて信用して見守ってあげたいなぁ。。。と思っているわけです。

娘のことは娘に任させてもらったぶん、だんだんと心のエネルギーに余裕が生まれてきますので、そのぶんは、かつて娘と出会う前の私がしていたように、ひとりの男性としての私の楽しみや奥さんと二人での楽しみに再び振りわけさせて頂きたいものですね(^-^)

そりゃときどき、カウボーイのロデオのような娘たちのザワツキに振り回されてしまったり巻き込まれてしまったりエネルギッシュな躍動ゆえに理不尽に八つ当たりされてしまったりもするでしょう(^-^)

でもそんなときは、恰好をつけて我慢して平気なふりなどせずに。。。

嫌なものは嫌だ!楽しいときは楽しい!
傷ついたときは傷ついた!感心した時は素晴らしい!
悲しいときは悲しい!嬉しいときは嬉しい!
無理なものは無理だ!ほっといてほしいときはほっといてほしい!
悪かったなと感じたときはごめんなさい!
助かったなと感じるときはありがとう!。。。etc

こんなふうに、育ての親=私自身が自分自身に嘘をつかずに勇気をもって正直に娘にリアクションしている姿を娘たちに見せてあげたいなと私は思っています。

そうすれば、娘たち自身が育ての親になった時、自分が自分に正直でいるだけで、自分も(^-^)で周りも(^-^)になっていくことを身を持って確かめて安心して実行できるでしょうからね(^-^)

娘たちがいつか巣立ってひとり立ちしたとき。。。そしていつか育ての親になったとき。。。

世間や常識や周りの人はどうであれ、正直、わたしは○○と思っている。。。ほんとは、わたしは○○と感じている。。。と、自分の気持ちを自分自身が一番に尊重しようとしてくれると私はとても嬉しいです。

世間や常識や周りの人はどうであれ、やっぱりわたしは○○のほうが納得がいくんだよね。。。やっぱり自分は○○のほうが嬉しいんだよね。。。と、自分の気持ちを自分自身が一番に信用しようとしてくれると私はとても嬉しいです。

世の中が声高に叫ぶ、こうすればいい!ということを無機質に重ねるより、自分が腑に落ちること&自分が納得を感じることを大切に優先し増やしてほしい。。。

テレビやインターネットにある正しいことを安直に追い求めるより、自分がホッコリ嬉しいと感じること&自分がマッタリ安心を感じることを大切に優先し増やしてほしい。。。

ノウハウ本や教科書に書いてある正解をコレクションするだけで満足してしまうより、自分がワクワク期待を感じること&自分がスイスイ自然と夢中になれることを大切に優先し増やしてほしい。。。

評論というカタチで人様を軽々しく描写してしまう人より、自己表現というカタチで自分を豊かに描写しようとしてくれると私はとても嬉しいです。

娘たちが生まれて今までの10年、娘たちと育ての親=私の関係は、二人三脚で歩む、熱心な選手と熱心なコーチのような距離感&関係だったような気が私はしています。
そして娘たちが思春期や反抗期や青春期を迎え始めたこれからの10年、娘たちと育ての親=私の関係は、グラウンドで懸命にプレイしている選手をスタンドから距離を置いて信用して見守ってあげるファンのような距離感&関係でありたいなと私は思っています。

娘たちが思春期や反抗期や青春期を迎え始めたこれからの10年、選手のことは選手自身=娘たちの幸せは娘たち自身に任させてもらって信用して尊重して見守っていきたい、そのかわりコーチのことはコーチ自身=私の幸せは私自身に任させてもらって私が私を尊重していきたい。

私が私を(^-^)にしていれば、娘たちの足を引っ張ることもなくなり、娘たちの後ろ髪を引くこともなくなり、娘たちも後顧の憂いを感じずに安心して(^-^)で未来へと巣立ってくれうだろうなと私は思っています(^-^)

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2017年1月18日 | カテゴリー : こどもと私 | 投稿者 : sorakumo

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-- 12時34分--