無気力とは怠け者じゃない!悪くない!

無気力は充電が必要ということです。
心理カウンセラーが例え話で解説しています。

無気力な状態を説明している女性のイラスト

 

無気力という心理状態は、私もサラリーマン時代によく感じていた心理状態です。

 

仕事中に感じるときもありましたが、

ゆっくりすごしていいはずの休日の自宅でもなぜか無気力を感じてしまい、

どこにも出かけたくない…

とにかく静かにしていたい…

と、貴重な休日をダラダラゴロゴロとすごしてしまっていました。

 

そのくせあとになって、「もっとこうしておけばよかった…」と、

休日の過ごし方に後悔を感じてしまう…

こんな日々を送っていたことを今でも覚えています。

 

この記事は、心理カウンセラーである私=寺井啓二自身の実体験をもとに、『無気力な心理状態』を面白おかしく解説しています。

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無気力だけど心は活発。

さて、無気力とはたしかに嫌な心理状態です。

ですが、嫌がっているだけでは進展は望めませんので、すこしクールに無気力という心理状態を観察してみましょう。

 

無気力という心理状態について当時の私が感じていたのは、100%何もしないでいたい!というわけでもない。ということです。

どういうことかと言いますと、確かに、なにもしないで静かにしていたい。という気持ちもあるのですが、同時に、ほんとはいろいろ活動したい。という気持ちもゼロじゃない。ということです。

それは、「頑としてなにもしたくない!なんとしても怠けていたい!」というより、

「なにかしたいのだけれどとても慎重なので優柔不断になってしまう…」と感じていました。

 

確かに、無気力と聞くと、世の中では怠け者や弱虫みたいに安直に誤解しがちですが、

私が感じたのは、私の心のなかに巡るふたつの自分の想いです。

 

ひとつは、
【ソワソワやドキドキや不安や焦りをただじっと我慢し続けるのは苦しいので、いろいろ活動してすっきりしてきたいと願う自分の気持ち…】

もうひとつは、
【いろいろ活動してかえって失敗したりして今より状況が苦しくなってしまうことはなんとしても避けて、安全に現状維持をしていたいと願う自分の気持ち…

 

男性が葛藤しているイラスト

 

政治の世界や会社なんかでも、改革派と保守派みたいな役割分担があります。

 

同じように自分の心のなかにも、新たな活動を起こして心を心地よくしていきたい改革派と新たな活動は避けて心を現状維持していたい保守派と、ふたつの想いがグルグルソワソワドキドキと葛藤を続けている。

無気力という心理状態を私なりに捉えた時、このような印象を私は感じました。

 

無気力とは、なにもできないのではなくなにもしないでいたい。

私は、私自身の内面に関心を振り向けることで、【期待や焦りといった行動的な気持ち=改革的なわたし】と【不安や恐れさといった慎重な気持ち=保守派的なわたし】のふたつの想いを感じ取っていました。

本音と建前など言われるように、人の心は意識と無意識のふたつがあります

なので、行動的なわたしにも慎重なわたしにも、どちらのもわたしにもそれぞれ言い分があり、葛藤したり迷ったりする方が人として自然なわけです。

 

行動的なわたしと慎重なわたしと、それぞれのわたしたちの主張が、国会や議会のようにグルグルソワソワドキドキと繰り返されているんだなと感じました。

いわば、私の心が国会議事堂や会議室だとしたら、私の心=国会議事堂や会議室で、行動的なわたしと慎重なわたしがそれぞれの意見を主張し活発に議論している。

この状態が迷っている&葛藤しているという状態で、そんな白熱した議論、迷いと葛藤が長い時間にわたって白熱すればするほど、エネルギーもたくさん消耗します。

なので、結果、議論=迷いと葛藤が白熱すればするほどエネルギーを消費してしまい、エネルギー不足=無気力という状態になっている。

こんな風に私は感じました。

 

無気力は全力で迷った結果。

上記のように、無気力という心理状態を目に見える外側の状況だけ捉えれば、布団にもぐっているだけ…だったボーっとしているだけ…と、なにか怠け者のようなに誤解しがちです。

ですが、目に見えない内面の感情や心理を捉えていくことで、心のなかでは迷いや葛藤というエネルギッシュな心の働きがグルグルソワソワドキドキとフル回転している。

そのぶん心のエネルギーをたくさん消耗している。ということに私は気づいていきました。

 

当然のことですが、心の専門家ではない周りの人たち、家族や友人や同僚や上司さんといった人たちには、このような私の心の状態がわかるはずもありません。

なので、懸命に迷ったり葛藤している自分の心の状態を、周りの人たちがなかなか気づけなかったのも今では納得がいきます。

 

さて、なにはともあれ間違いないのは、どうしよう?どうしよう?と心が全力で迷ってくれいるからこそ、たくさんの心的エネルギーを消費している。ということです。

なので、無気力という心理状態は、外側から見たら何もしていませんが、目に見えない心のなかでは全力で迷い葛藤を感じている。=心のエネルギーをたくさん使っている。ということだと私は思っています。

 

無気力状態はエネルギー枯渇。

例えば、携帯電話も目に見えないアプリを使ってたくさん働けば働くほど、そのぶん電池が消費され電池切れになってしまいます。

自動車も目に見えない動力をたくさん使えば使うほど、そのぶんガソリンが消費されガス欠になってしまいます。

それと同じように、
人の心も目に見えない迷いや葛藤を感じれば感じるほど、そのぶん気力が消費され無気力になってしまいます。

 

無気力な状態を説明しているイラスト

 

無気力は怠け者じゃない!悪くない!

さて、ガソリンがなくなって走れない自動車は怠け者なのでしょうか?

ましてや、自動車がガソリンがなくなって走れなくなっている状態は、けっして故障ではありません。

 

人は、周囲と同じように頑張れなかったり耐えられないと、

「自分は怠け者だ!自分が悪い!」と思いがちです。

 

でも、心のエネルギーが枯渇して頑張れないのですから、それは怠けているわけでも悪いわけでもないように私は思います。

ましてや、心のエネルギーがなくなって走れなくなっている無気力状態は、けっして故障ではありません。

 

無気力なのは怠け者じゃありません!悪くもありません!

無気力とは心にエネルギーを充電するサインなのかもしれません。

 

無気力状態の心の充電をお手伝い。

携帯電話や自動車も頻繁に使うものですので、電池の消費やガソリンの燃費がイマイチだと貴重なエネルギーを多く消費してしまいます。

なので、限りあるエネルギーを効率的に使えるよう、携帯電話を設定したり自動車を整備するように、限りある気力を効率的に使えるよう心のコンディションを整えてみるのもひとつのアイデアなのかもしれません。

 

男性と女性が笑っているイラスト

 

今はついつい気を使いすぎて電池切れ=無気力になりがちでも、いつの日か、限りある心的エネルギー=やる気や気力を効率的に使えるように心のコンディションを整えいくお手伝いをさせて頂けると私はとても嬉しく思います。

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2017年4月24日 | カテゴリー : 心理のコトいろいろ | 投稿者 : sorakumo

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-- 09時18分--