失敗したあなたが悪い!を⇒良くやったね。より工夫できるってことだね。にしてみると?

私の言っていることわかってくれないあなたが悪い!

私がこう言っていたのに耳を貸さなかったあなたが悪い!

そんなこと言ったってあなたが悪いに決まってるじゃん!

考えてもしょうがないことを考えるあなたが悪いのよ!

人は何か不快感を感じると、ついついあなたが悪い!って言いたくなりますね。

私も言いたくなりますよ(^_^)

でも、それであなたの不快感は収まることがありますか?

少なくとも、私は不快感を不快感のまま相手に返してスッキリしたことは今までないと思います。

あなたもたぶん、あなたが悪い!って言ってすっきりしたことは少ないのではないでしょうか?

だとしても、不思議のないことだと私は思います。

なぜなら、人の心が不快感をすっきりさせるには、自分の気持ちを相手に納得してもらう必要があるからです。

あなたが悪い!って言ってあげれば相手は納得してくれるでしょうか?

あなたが悪い!って言ってもらえたらあなたは納得できるでしょうか?

表面上、あなたが不快感をすっきりできたとしても、おそらく相手は新たな不快感を心にしまい込むことでしょう。

表面上、相手が不快感をすっきりできたと感じられても、おそらくあなたは新たな不快感を心にしまい込んだことでしょう。

そして、新たな不快感をすっきりさせるために、また新たな不快感の連鎖を生み出してしまうかもしれませんね。

では、不快感を連鎖させないようにするにはどうしたらいいのでしょう?

それは、不快感を感じてしまった動機、不快感を感じてしまっている結果、相手の存在そのものを分けてみること良いですね。

さんざんあなたが注意していたのに、それを無視して相手が同じ失敗をしてしまったとしたら、やっぱり不快感を感じますよね。

そしてついつい…失敗したあなたが悪い!って言いたくなりますね。

でもこの時、相手の心はこの言葉をどう捉えるか?というと

失敗した、私という存在自体が悪いのか…

今まで自分がしてきたこと生きてること自体が全部悪いのかもしれない…と錯覚しても、無理のないことですね。

それが理性の発達しきれていない子どもであればあるほど、言葉に忠実に気持ちを感じます。

そして、その気持ちがショックであればあるほどどうにもできずに心にしまい込んでいくかもしれません。

言った側はそんなつもりはなかったとしても、結果的には相手に不快感を届けてしまうわけですね。

じゃあどうしたらいいか?

私だったら…

【失敗したあなたが悪い!】って、言いたくなった時…

私ならこんな言葉を言うかもしれませんね。

【失敗しようと思って失敗したわではないだろうし、結果はともあれ何かをやろうとしたことは良いことだよね。】⇒【A:動機の肯定】

【でも、もし今スッキリした気分になれないなら、それだけこれから工夫できるところがあるってことかもね。】⇒【B:結果の肯定活用】

【あなたが何かをしようとしたことは素敵だし、これから工夫しようと思えたらもっと素敵だと思うよ。】⇒【C:動機&結果=出来事と存在感の分離】

【A:動機について】
失敗したけどやろうとした気持ち=動機は素敵だね。

【B:結果の活用】
結果は嫌な感じになっちゃったけど、だからこそより良く活用したほうが良いかもね。

【C:動機&結果=出来事と存在感の分離】
今回の出来事はどうであれ、あなたの存在自体はそのまま素敵なままだよね。

ちょっと、くどいでしょうけどね。

日本人は、とくにあうんの呼吸とか気遣いとかが大好きですからね。

欧米の方のように、言葉で伝えることへの苦手意識はあると思います。

でも結局、その都度不快感を清算していけば、あなたが不快感を感じる機会も減っていきますね。

私は数十年前のご両親の不快感を今も心に抱えて苦しんでいる方達とたくさんお話しさせていただいています。

そして【不快感は、世代を超えた天下の周りもの】なのかなとも良く思うことがあります。

あなたは不快感を感じることができている…という不快感を清算できるチャンスに恵まれたとき。

不快感を不快感として、そのまま関係のない周りを巻き込んでまき散らし続けたいですか?

それとも、不快感を次世代ために自分自身で無害に清算したいですか?

私は少なくとも不快感という財産を自分の世代で少しでも清算していけたらいいなと思っています。

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2015年12月23日 | カテゴリー : コミュニケーション向上 | 投稿者 : sorakumo

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-- 16時07分--