予期不安を解消するには?予期不安の意味とは?

予期不安を解消するには、予期不安の意味を知ることです。

予期不安を感じているイメージ

 

明日のことが不安で眠れない…将来のことが不安でたまらない…

ああなったらどうしよう?こうなったらどうしよう?

予期不安は、まだ起こるかどうかわからない未確定の未来に対する不安なのですが、不安を感じていること自体に不安を感じ、不安と不安が連鎖してどんどん大きくなっていきます。

そもそも、ワンちゃんやネコちゃんなど人間以外の生き物は、予期不安=未来を予期して不安を感じる能力はもっていません。

まだ起こるかどうかわからない未確定の未来を予期し不安を感じることができる生き物は人間のみです。

この記事は、うつの症状のひとつである予期不安を解消するために四苦八苦した分析レポートです。

 

予期不安の意味、備えあれば憂いなし

予期不安の意味をあらわす言葉として、「備えあれば憂いなし」ということわざがあります。

普段から準備をしておけば、いざというとき何も不安がない。という意味です。

予期不安とは、「あのときの嫌な状況がまた起こるのではないか?」という過去の経験に基づく警戒心から生まれる不安で、状況の変化が起こる前から感じ始める危機感や不安感のことです。

 

予期不安で動けない状態

 

予期不安とは、あくまで予感に基づく不安なので、予感が外れ、予期不安で感じている通りの状況の変化が起こらない場合も多々あります。

その場合、予期不安は空振り、取り越し苦労となります。

うらを返せば、予期不安とは、先々の展開にいち早く警戒態勢とることができている。とも言えます。

早め早めに不安を感じることで、身の安全を確実に確保しようとする心の働き=生存本能が予期不安の意味です。

(関連:うつで無気力な原因は心身の回復をするため。

 

予期不安の解消のカギは、案ずるより産むが易し

予期不安の意味をあらわすもう一つの言葉として、「案ずるより産むが易し」ということわざがあります。

なにか出来事の前にはいろいろな不安を感じるが、いざやり始めてみるとたやすく済んでしまうもの。

だから、物事は事前にあれこれ思い悩むよりも、実際はそれほど大変じゃないよ。という意味です。

 

予期不安に囚われているイメージ

 

予期不安とはあくまで予想によって生まれる空想の不安ですので、実際は、予期不安で空想しているほどの大変な状況にはならないよ。というのが予期不安の意味です。

予期不安の目的とは、少しオーバーに警戒を促し身の安全を確実に確保しようとすることが目的であって、ほとんどの場合、予期しているような大変な状況にはならないものなのでしょう。

つまり予期不安を解消するには、予期不安を感じながらも動き始めてみる。というのが大切です。

(関連:防衛機制は心のギブス:また傷つくんじゃないか?が続いる。

 

予期不安の解消と薬とうつ(鬱病)

さて、私は長年うつを患い、予期不安に悩まされていました。

夜は、いろいろなことが不安になり眠れませんし、お休みの日もいろいろなことが不安になって休めません。

目の前の状況とは関係のない未来のことや過去のことに、どうしよう?どうしよう?と予期不安ばかりを感じ、予期不安を解消できずに悩んでいました。

そして、予期不安を解消するために心療内科でお薬を処方していただきました。

 

抗うつ剤のイラスト

 

お薬を飲めば不安が和らぐので、予期不安を解消できた、お薬を飲んでいれば大丈夫だと、それ以上、自分の内面に関心を振り向けなくなってしまいました。

でも、お薬を飲んだだけでは一時的に誤魔化せても、予期不安を解消できていたわけではありませんでした。

そして、しばらくするとお薬を飲んでも予期不安が収まらなくなり、お薬を飲んでも、どうしよう?どうしよう?と予期不安ばかりを感じていました。

 

お薬で予期不安を解消できなかったことで、どうすれば予期不安を解消できるのだろう?という予期不安が広がり、さらに、お薬へ依存してしまったらどうしよう?という予期不安も広がり、結局、お薬を飲まなくなってしまいました。

だからといって、お薬を飲まなくなっても予期不安を解消できるわけもなく、結局、お薬を飲んでも、お薬を飲まなくても、どうしよう?どうしよう?と予期不安ばかりを感じていました。

(関連:抗うつ剤は副作用も効果もややこしい!

 

予期不安を解消するには、怖がりながら○○する。

私は、お薬に期待をしてしまったことで、結局、うつという根本から目を背けてしまっていたわけです。

予期不安を解消するためには、予期不安の発信源に注目する必要があります。

さて、予期不安の発信源=根本はうつ(鬱病)という心の個性です。

なので、予期不安を解消するためには、うつ(鬱病)をよく知り、うつ(鬱病)そのものへの恐れと不信感を和らげる必要がある。と私は感じました。

(関連:うつと向き合う生活:強い心より柔らかい心

 

うつ病の目的について考えているイメージ

 

例えば、無言電話に怯え不安を感じるのも予期不安ですし、UFOやUMAなど得体のしれぬものに怯え不安を感じるのも予期不安です。

これは、よくわからないものにたいして必要以上に怯え不安を感じてしまう。という人の心の特徴が影響しています。

なので、予期不安を解消するためには、「百聞は一見に如かず」のことわざ通り、予期不安を感じ怯えたまま過ごすのではなく、予期不安を感じつつも、怖がりながら動き始めてみる。という流れがとても大切になります。

 

自動車にアクセルとブレーキがあるように、人の心にも、「勇気というアクセル」と「予期不安というブレーキ」があります。

自動車を運転するとき、アクセルのみで運転しては危険ですし、ブレーキだけでも動きません。

アクセルもブレーキも両方とも必要とすることで自動車の安全運転が叶います。

それと同じように、人の心も勇気と予期不安を両方とも感じることで安全な生活が叶います。

(関連:自分の心を分析:うつでやる気がでない理由

 

なので、当時、うつと向き合う生活を送っていた私は、予期不安をいろいろ感じながらも、エイヤッ!ととりあえず出かけてしまったり、ヨイショ!ととりあえず動き始めてしまったり、予期不安と勇気を混ぜ合わせながら、うつと向き合う生活を送っていました。

このように、予期不安の発信源=うつ(鬱病)から目を背けず、自分の胸のうちに感じながら生活をすることで、うつ(鬱病)に対する不信感や恐れや嫌悪感が和らぎ、知らず知らずのうちに、自信や安心が心にじわじわと広がっていき、予期不安を解消していました。

(関連:パニックって?不安はダメだ!と不安は嫌だ!の違い

 

予期不安の意味、それはアダルトチルドレンの症状=インナーチャイルドのメッセージ。

さて、上記のように、予期不安を解消するために、うつ(鬱病)をよく知り、うつ(鬱病)そのものへの恐れと不信感を和らげていく過程で、アダルトチルドレンという考え方にとても納得がいきました。

 

予期不安を感じているインナーチャイルド

 

もっと頑張らなければ父親に怒られてしまうじゃないか?

もっといい子でいなければ母親に嫌われてしまうのではないか?

 

このように、私の予期不安は、はるかず~っと前から続いていたことに、私はふと納得がいきました。

そして、どうしよう?どうしよう?とずっと一人ぼっちで不安なままだった幼少期の自分のイメージ=インナーチャイルドを感じました。

(関連:アダルトチルドレンチェックへ

 

それ以来、予期不安を感じるたびに、それは幼少期の自分のイメージ=インナーチャイルドが怖がっているんだ…と捉えることができるようになり、なんとなくインナーチャイルドと寄り添い向き合う生活をすることで、予期不安を解消していきました。

よくわからない心の症状にも、ひとつひとつ生まれてきた理由やこめられているメッセージがあるものです。

このように、今まではわかりづらかった自分の心に関心を振り向けて、こんがらがった心を解きほぐしていくお手伝いが、当方メンタル心理そらくもの心理カウンセリング&セラピーです。

(関連:カウンセリング&セラピーの説明

 

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©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時37分--

うつ(鬱病)克服:不安とは安心したいということかもね。

心の悩み、幸せな生活、とにもかくにも心穏やかに(^_^)と暮らしていくために関心を振り向けたいのが自分の感情なのかもしれません。

そして感情は自分の想いや願いや希望=幸せのヒントとも表現できますね。

自分はいったいどうしたいのかな?自分はいったいどう思っているのかな?

このように自分の感情に納得しっくりくることは、いわばダーツの的の位置を知るようなものなのかもしれません。そして、ダーツの的の位置がわかってはじめてダーツを的に当てることができるのかもしれませんね。

人は自分が胸のうちに感じている感情をいろいろな方法で表現することでストレスをすっきり発散し、心穏やかに(^_^)で暮らしていけるのでしょうね。

このとき、感情を表現するために紡ぐ言葉は、最後が【い】で終わる言葉で表現したほうが、より一層に感情という的に近づき心穏やかに落ち着けるのかもしれません。

嬉しい、悲しい、楽しい、苦しい、温かい、冷たい、甘い、からい、寂しい、怖い、心地よい、辛い、○○したい、○○してほしい、、、

このように、最後が【い】で終わる言葉を夢中で表現していると心がホッと穏やかに落ち着いていくのでしょうね。

私はときどき、クライアントさまから「とにかく不安でしかたないです。」という言葉を頂きます。

たしかに、自分の胸のうちの感情を、
「とにかく不安だ。。。とにかく不安だ。。。不安で不安でしかたない。。。」
このように繰り返し表現することも素晴らしい感情表現なのかもしれません。

ですが、先ほども書かせていただいたように、感情表現は、最後が【い】で終わる言葉で表現するとさらに心穏やかにホッとおちつきそうですね。

なので、自分の胸のうちの感情を、
「とにかく安心したい。。。とにかく安心したい。。。安心したくて安心したくてしかたない。。。」
このように繰り返し表現することも素晴らしい感情表現のひとつなのかもしれません。

不安と安心をイラストで比較

自分が胸のうちに感じているモヤモヤとした気持ちを、
「私は不安です。私は不安です。」
と感情表現したほうが心穏やかにホッと落着きそうか?

自分が胸のうちに感じているモヤモヤとした気持ちを、
「私は安心したい。私は安心したい。」
と感情表現したほうが心穏やかにホッと落着きそうか?

心をキャッシュディスペンサーに例えたら、残高がストレスで感情表現する言葉が暗証番号です。なので、いつの日からか今でも、あなたの心にモヤモヤ&グルグルと閉じ込められたままになっている感情=ストレスという残高を安心安全確実にすっきり発散できる言葉=しっくりと感情表現できる言葉=心の暗証番号を、あなたとわたしの二人のチームワークで面白かしく見つけながら、あなたの心を穏やかに落ち着かせてあげていく機会が、当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーというわけです。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 20時31分--

うつ(鬱病)克服:集中できない&考えられないとは○○煩いを感じているから。

この記事は、うつ(鬱病)の特長である『集中できない&考えられない』という心の状態について当方なりのユニークな捉え方を紹介しています。

 

うつの特長:集中できない&考えられない。

うつという心理状態の代表的な症状として、集中できない。という症状がありますね。

お仕事に集中できない。
勉強に集中できない。
人との会話に集中できない。

こんな症状を自分自身が感じたり周りに見かけたりすることもあるのかもしれません。

○○に集中できないとは、○○以外のこと=△△に集中している。とも言いかえることができます。

もうワンステップ言いかえますと、うつとは、今目の前の状況とは違ったことに気がかりを感じている心理状態とも言えます。

お仕事に集中できない。とは、お仕事場にいながら、なぜか?お仕事以外に集中している心理状態とも言いかえられるのかもしれません。

集中できないとは心ここにあらずってこと。

頭ではお仕事に集中しようとしている。でも気持ちはなにかそわそわしている。

このように、頭では目の前の状況=お仕事に集中しようとしても、気持ちが勝手にほかのフィールドに関心を向けてしまう=仕事以外へと集中を向けてしまうので、自分は目の前の状況に集中しようとしても自分自身に集中を反らされてしまう。。。

このように、うつ(鬱病)集中できないとは、わかりやすく言うと、心ここにあらずな心理状態。ってことだなと私は思っています。

人目が気になるのは、人間らしい生存本能&安全確認。

では、頭では目の前の状況に集中しようとしているのに、なぜ?自分自身に集中を反らされてしまうのか?と言えば、ますはじめに必要なのは、自分自身は少なくともふたつ以上の意思を感じている。ということですね。

ひとつは、目の前の状況に集中しようとしている意思

もうひとつは、目の前の状況以外に集中しようとしている意思

このようにふたつ以上の意思がなければ、そもそも迷ったり悩んだり葛藤したりすること自体が不可能なわけです。

ワンちゃんやネコちゃんや鳥さんやウサギさんは、単一思考と言いまして、ひとつの意思の連続で生きているわけですね。

なので、特に何かに集中しようとしなくても、つねに何かに集中できてしまうわけですね。

人間はといいますと、ワンちゃんやネコちゃんや鳥さんやウサギさんと違って、常に複数の意思を同時に感じることができる。というわけです。

ですが、もし常にひとつの意思しか感じることができない。ということになりますと、迷ったり悩んだり葛藤したりすることがない代わりに、常に何の疑いもなくひとつの選択肢を選び続けることしかできない。というとても窮屈で危なっかしい状況となってしまいます。

例えば、ウサギちゃんはいつも同じような行動ルーティンしか取れません。その代り、迷ったり悩んだり葛藤したりすることがないわけです。

うらを返せば、ウサギちゃんは迷ったり悩んだり葛藤したりすることがない代わりに、いつも同じような行動ルーティンしか取れませんので、鷹やフクロウやトンビやキツネなどにパターンを読まれてしまって、あえなく捕食されてしまうこともあるわけですね。

もしそうなったとしても、ウサギちゃんは単一思考ですので、延々に同じような行動ルーティンを取り続けるわけです。

その結果生まれているのが食物連鎖と言いまして、とくに誰かがなにかをしなくても、同じような行動ルーティン=単一思考の動物たちのみで暮らしていれば、延々と自然界は続いていくわけですね。

ですが、人間は、自分の生命を守るために、自分の本音や本能を周りに隠すことができるようになりました。

つまり人間だけは、自分の生命を守るために、自分の本音や本能を周りに隠し、周りの状況を注意深く疑ったり確認したりできるようになったわけですね。

そして、周りの状況が安全だと感じた後にはじめて、安心して自分の本音を開示したり、自分の感情を表現したりして、安全第一でもって自分を守りながら慎重に生活できる生き物なわけです。

まず安全確認が最初のミッションとなりますので、周囲の安全確認が終わらない以上、なかなか動きだせない=うつ(鬱病)、人目が気になる、人が怖い、周りに合わせてしまう、顔色を伺ってしまう、不登校、引きこもり。。。などなどは、私からしてみると、ずっと周囲の安全を確認し続けてくれている。というとても人間らしい生存本能の優れを感じるわけです。

つまり集中できない。ということは、集中したくない。のではなく、集中したいのに集中できない。=目の前のことよりほかに先に済ませておきたい大切な気がかりや安全確認や大事な関心事を感じている。ってことですね。

恋わずらいも集中できないってこと。

はっ?なんのこっちゃ?と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、少し視点を変えて、例えば、恋わずらいという言葉があります。

好きな相手への気持ちが大きすぎてボーッとしてしまい、学校の勉強に集中できない。など、テレビドラマでもよく見かけるシーンです。

このとき、しっかりしなきゃ!と、気合で無理に勉強に集中しようとしても、一時的には勉強に集中できてもすぐにボーッとした気分に戻ってしまいますね。

これは、不思議な心の謎解きをしていくための必須の知識である、意識と無意識のふたつの意思のなせる技なわけです。

頭では意識して勉強に集中しようとしている。

感情は無意識に好きな人への気持ちを感じ続けてしまっている。

というか、さらに捉えなおしてみると。

はなから無意識に好きな人への感情を大きく感じ続けてていたいところ、途中で意識して無理に勉強に集中しなきゃならない。

なので、背伸びして無理に勉強に集中しようとしとしても一時的にしかキープできず、すぐに最優先の気がかり=好きな人への感情へと集中が無意識に戻ってしまい、気がつくと、無意識にかかとを付いてしまっている=気づくと、無意識にもともと感じていたボーッとした気分に戻ってしまっている。というわけですね。

心のしくみをかじったことがある方なら耳にしたことがあるかもわかりませんが、意識と無意識の観念の大きさ、つまり意識と無意識の影響力の大きさの比は、概ね、意識=1︰無意識=9ですので、最優先の気がかりがモヤモヤと無意識に感じられ続けている限り、いくら意識して無理に集中しようとしても一時的にしか集中できない方が、とても人間らしいということになります。

なので、ドラマなどでも恋わずらいを感じている女の子に対して、周りの人たちが「あぁ。。これじゃ。。何を言っても無駄ね。。。あの子はしばらくは勉強に手がつかないわね。。。」なんてコメントすることもとても人間らしいというわけですね。

とすると、お仕事に集中しようとしたときに集中できないのは、お仕事に集中し始めようとする前からモヤモヤと感じ続けている心配や気がかりがあるから。と私は日々のセッションで感じ入っています。

あなたが感じているのは、なにわずらい?

例えば。。

人にどう思われてしまうのか?という心配がモヤモヤがずっと続いていてお仕事に集中できない。

わたしがこうしたら否定されるんじゃないか?という心配がモヤモヤとずっと続いていて人間関係に集中できない。

このときの人にどう思われてしまうのか?という心配やわたしがこうしたら否定されるんじゃないか?という心配が、最優先の気がかり=安全確認=はじめに集中してみたいコト=○○煩い(わずらい)っていえるのかもしれませんね。

もしかしたら、この記事を読んでくださっているあなたの心にも。。。

自分はほんとはこう思っているんだけれど、もしかしてこう思われちゃうんじゃないか?
自分はほんとはこう思っているんだけれど、まわりにどう思われちゃうんだろうか?
自分はどう思われているのかな?自分はどう思われちゃうのかな?
ほんとはこうしてみたいけど、もっとこうしたほうがいいのかな?
ほんとはこうしてみたいのだけれど、ほんとうにいいのだろうか?
あのときもっとこうしておけばよかったんじゃないか?
あのときやっぱりあんなことしなければよかったんじゃないか?

自分はこれでいいのかな?自分はなにかいけないのかな?
だからもっとこうしなきゃいけないんじゃないか?
だからこんなことしちゃいけないんじゃないか?

みたいな気がかり=安全確認=はじめに集中してみたいコト=○○煩い(わずらい)=確認心理が、いつの日からか今でもグルグルとアイドリングを続けたままになってしまっているのかもしれません。

ある方は幼い頃から。。。ある方は小学校でいじめを経験してから。。。ある方は恋愛で依存をされてしまってから。。。ある方は職場の上司にキツく当たられてから。。。

このように、うつ(鬱病)集中できないという症状を改善していくためには、上記のような、ある時からグルグルとずっと感じ続けたままになってしまっている最優先の心配や怖さや気がかり=○○煩い(わずらい)を見つけて、ほっと落ち着かせて安心に転換していく必要があるものだなと、私は日々せつに感じています。

もし、ある時からずっと感じ続けたままになってしまっている最優先の心配や怖さや気がかり=○○煩い(わずらい)をこれからもそのままに放置して、いくら気合で集中しようとしても、いくら無心で頑張ろうとしても、いくら格好の良い理屈で変わろうとしても、残念ながら一時的にしかキープできず、意識して背伸びしては再び無意識にかかとをついて元のモヤモヤに戻ってしまい、スクワット運動を繰り返すように、グルグルとトライアンドエラーを延々に繰り返すことになってしまいます。

いくら意識して集中しようとしても、いくら意識して頑張っても、いくら意識して変わろうとしても、ふと気づくと無意識にもとの状態に戻ってしまえば、自分が情けなく思えても、自分が劣っていると感じても、自分を嫌いだと感じても、もう死にたい!と感じても、まったくもって自然な心持ちだろうなとは私は日々せつに感じています。

そして、自分一人ではわからない方が自然である、 ある時からずっと感じ続けたままになってしまっている最優先の心配や怖さや気がかり=○○煩い(わずらい)を、二人のチームワークで確実に見つけていく作業が当方メンタル心理そらくもの心理カウンセリングであり、二人のチームワークで確実にほっと落ち着かせて安心に転換していく作業が当方メンタル心理そらくもの心理セラピーです。

そうすると、心の優先順位がようやく目の前の状況&現実にマッチして、ワンちゃんやネコちゃんや鳥さんやウサギさんのように、とくに意識して集中しようとしなくても、無意識に集中してしまっている。というわけですね。

これが当方メンタル心理そらくものカウンセリング&セラピーのエッセンスのひとつです。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 12時13分--

うつ(鬱病)をスマホに例えてみよう。

この記事は、とてもわかりづらい『うつ(鬱病)という心の働き』を身近なスマートホンに例えて面白おかしくわかりやすい表現にした記事です。

 

わかりづらいものはウツウツになる。

うつという心の個性はわかりづらいですね。

なぜなら、それは目に見えないからですね。

目に見えない&わかりづらい心の働きを、見える化&わかる化していく工夫を心理学といいます。

うつという心の個性に対して、目に見えない&わかりづらい。。。だからとりあえずこうしていればいい。。。こうしていればいつかよくなるはずだ。。。でもやっぱりダメだった。。。でもしょうがない。。。だからとりあえずこうしていればいい。。。こうしていればいつかよくなるはずだ。。。という思考をグルグルと繰り返すのもひとつのアイデアなのかもしれません。

それに比して、うつという心の個性に対して目に見えない&わかりづらいと感じているのなら、いろいろ工夫して見える化&わかる化してから確実に対応を考えていこう。という思考を心理療法と言います。

なので、今回は目に見えない&わかりづらいうつという心の個性を、例え話=メタファーという心理学を利用し工夫してわかる化してみましょう。

 

うつとは、勝手に動くスマホのアプリのようなもの。

私は、毎日スマートホンを使っています。

この記事を読んでくださっている中にもスマートホンを使っている方が多いのかもしれませんね。

さて、私はスマートホンを使っていると、突然、動きが重くなったり遅くなったり止まってしまたりして困ってしまうことがあります。

なぜそんなことが起きてしまうのか?というと、それは目に見えないところで自動的に動いているアプリがたくさんあるからなんですね。

すでにスマホにダウンロードしているアプリを勝手にアップデートしてしまったり、なにかを自動的に探し続けてしまったり、私の意思と関係なく、グルグル&ガリガリとたくさんのアプリが勝手に動き出してしまいます。

そうすると、クライアントさんにメールを送ろうとしているのに、なんだか操作が重くなったり遅くなったりしてしまいます。

でも、スマホのなかで勝手にアプリが動いているなんて私は気づきようもないので、気づかないままに操作を続けていると、突然、スマホが固まってしまって、せっかくのメールの文章が台無しになってしまったりします。

このようにスマートホンは、自分の意思とは関係ない見えないところ=バックグラウンドで自動的にグルグル&ガリガリと勝手に動いているアプリがあると、人知れず大きな負荷が掛かってしまって、今しようとしていることができなくなったりします。

これと同じように人の心も、自分の意思とは関係ない見えないとことろ=無意識に自動的にグルグル&ガリガリと動いている心の働きがあると、人知れず心に大きな負荷が掛かってしまって、今しようとしていることができなくなったりします。

 

電池不足は故障じゃない。やる気不足も病気じゃない。

このときの自分の意思とは関係ない見えないところ=無意識に自動的にグルグル&ガリガリと動いている心の働きの総称を、うつというのだろうなと私は思っています。

人知れず勝手にとても不安を感じてしまったり、人知れず勝手にとても焦りを感じてしまったり、人知れず勝手にとてもイライラを感じてしまったり。。。。

そのほか、もろもろのいろいろな心の働きが、自分の意思とは関係なく無意識に自動的にグルグル&ガリガリと動いてしまって、人知れず心に大きな負荷が掛かってしまって、今しようとしていることができなくなったりします。

例えばスマートホンも、自動的にグルグル&ガリガリと勝手に動いているアプリがたくさんあると、自分でもわけのわからないままに、電池の容量がぐんぐん減ってしまってびっくりしますね。

それと同じように人の心も、自動的にグルグル&ガリガリと勝手に動いている心の働き=自己否定や強迫観念や確認衝動や依存衝動や不安や焦りといった心理がたくさん動いていると、心的エネルギー=やる気がぐんぐん減ってしまい、自分でもわけのわからないままに無気力になってしまってびっくりしますね。

例えば私のスマートホンも、自分でもわけのわからないままに電池の容量がぐんぐん減ってしまって肝心のときに操作できなければ、このスマートホンは壊れたんじゃないか?このスマートホンはおかしんじゃないか?このスマートホンはダメなんじゃないか?って、私はスマートホンに腹を立て買い替えたくなりますね。

それと同じように私の心も、自分でもわけのわからないままに心的エネルギー=やる気がぐんぐん減ってしまって無気力になってしまい、肝心なときに活動できなければ、心が壊れたんじゃないか?自分はおかしんじゃないか?自分はダメな人間なんじゃないか?って、私は私に腹を立て自分を責めたくなりますね。

 

やる気を充電しやすくしてから充電する。

さて、電池の容量が減りやすい理由を誰かに教えてもらえていれば、私だって自然といろいろ工夫をしているのですが、自動的にグルグル&ガリガリと勝手に動いているアプリがたくさんあるから電池の容量がぐんぐん減ってしまっているっていう理由を知らないままでは、スマホに意地悪されているように感じて、私だってスマホが嫌いになりますね。

それと同じように、やる気が減りやすい理由を誰かに教えてもらえていれば、私だって自然といろいろ工夫をしているのですが、自動的にグルグル&ガリガリと勝手に動いている心の働きがたくさんあるから心的エネルギー=やる気がぐんぐん減ってしまい無気力になってしまっているっていう理由を知らないままでは、私は私に意地悪をされているように感じて、私だって私を嫌いになりますね。

さらに、私のスマホの設定が、グルグル&ガリガリとアプリが勝手に動いてしまう今まで通りの設定のままだと、いくら充電してもすぐに電池が減ってしまって、且つそれを繰り返せば、なんで?どうして?どうすればいんだ?って、私はさらにスマホがわからなくなってしまいます。

それと同じように、私の心の設定が、グルグル&ガリガリとうつという心の個性が勝手に動いてしまう今まで通りの設定のままだと、いくら休んでもすぐにやる気が減ってすぐに無気力がなってしまって、且つそれを繰り返せば、なんで?どうして?どうすればいんだ?って、私はさらに私自身のことがわからなくなってしまいます。

でも、勇気を出して携帯ショップに行って、グルグル&ガリガリとアプリが勝手に動いてしまう今までのスマホの設定を、携帯ショップのお姉さんと一緒に、わたし仕様に最適化すれば、今までより充電が長持ちするようになったり、今までより快適に操作できるようになったり、今までより燃費よくスマホを使って行けるようになって、スマホを労わり充電してあげたくなったり、スマホをもっと使ってあげたくなったり、スマホと心地良く過ごしていけますね。

もし、あなたがこの記事のような心の模様を感じて下さっていて、これからは今より心地よく過ごせるようになっていきたいと願いを感じておられるのなら。。。

私が勇気を出して携帯ショップを訪れたように、これからメンタル心理そらくもを訪れて、グルグル&ガリガリと、うつという心の個性が勝手に動き続けてしまう心の設定を、寺井さんと一緒に、あなたに心地よい仕様に最適化すれば、今までよりやる気が長持ちするようになったり、今までより快適に活動できるようになったり、今までより燃費よく生活して行けるようになって、あなたがあなたを労わってあげたくなったり、あなたはあなたにいろいろな体験をさせてあげたくなったり、あなたがより心地良く過ごせるようになっていくかもしれませんね。

そんな心のわからないことを見える化&わかる化して、あなたの心のコンディションを、あなたと一緒に整えていくことが、私にとってのなによりの喜びです(^-^)

©2012-メンタル心理そらくも
-- 21時11分--

うつ(鬱病)とはどうどう巡りということ。

うつ(鬱病)を抱えていると、ついつい慎重に躊躇していたくなりますね。

この記事は、うつ(鬱病)の特長である『どうどう巡り』という心の働きについて当方なりのユニークな捉え方を紹介しています。

 

うつ(鬱病)という心の個性とは?

今回は、うつという心の個性について、今現在の私なりに記事にしてみましょう。

さて、わたしは、日々、うつという心の個性を感じておられる方とたくさんお会いさせて頂き、その方々それぞれの心の模様や訴えやメッセージを、半日~丸1日のお時間を頂き、ご本人さま直送の言葉や表情などを、ご本人さまからの産地直送でもって、肌や耳や目でもってたくさん共有させて頂いているわけですね。

 

グルグルと正解を求め続けること自体がうつの目的。

例えば、お医者様のように、うつという心の個性をうつ病(鬱病)です。と、一括りにグループ化して表現することもひとつのアイデアなのでしょうね。

とはいえ、わたしはお医者様とは違った畑で過ごしてきたわけでもあるわけです。

例えば、みかんひとつとっても、日本人はミカンと表現しますが、アメリカの方はオレンジと表現するわけで、このようにひとつの同じものに対する表現でもそれぞれ個別に正解なわけですね。

みかんミカンと表現してもOKだし、オレンジと表現してもOK。。。本来はどちらの表現をしたとしても正解なので、どちらもOKなんですよね。。。

このように、ひとつの出来事の捉え方の工夫を認知といって、認知療法とか、子どもを認知するとか、不正を認知する、なんて言葉は聞いたことがあるかもしれません。

では、うつという心の個性は、さきほどのみかんを見てどう感じてどう捉えるかというと?

みかんミカンと表現する方が正しいのか?みかんオレンジと表現するのが正しいのか?。。。。いったいどっちが正解なの?どっちがいいの?と捉えるものです。

つまり、ミカンと表現してもオレンジと表現しても、本来はどちらもOKなのに、なぜか?あえてどちらか一方を正しいものに洗練させようとし正解を探させ続けようとする心の働きを、うつという心理状態だとわたしは日々感じているわけですね。

例えば、病院さんで抗うつ剤を飲んでいればうつは良くなりますか?それともカウンセリングを受けたほうがいいのですか?とか。。。お薬を飲んだ方がいいのか?飲まないほうがいいのか?とか。。。お仕事を休んだ方がいいのか?休まないほうがいいのか?とか。。。セラピーを受けたほうがいいのか?セラピーを受けないほうがいいのか?とか。。

どっちがいいのか?どうすればいいのか?どうしようか?なんで?どうして?でも。。。しかし。。。だけど。。。ですが。。。と、正解を求め続けさせるこでグルグルと思考を空回りさせようとする=足踏みをさせ足並みを整えさせようとする無意識の心理状態のことを、うつという心理状態なんだなとわたしは日々感じているわけですね。

ふーっ、ちょっと疲れたかもしれませんね(^-^)

 

うつはダメなものではないけど苦しいもの。

わたしが想うには、抗うつ剤を飲みながらカウンセリングを利用してもどちちらもOK=マイナスじゃない、お薬を飲んだしても飲まなかったとしてもどちらもOK=マイナスじゃない、セラピーを受けたとしても受けなかったとしてもどちらもOK=マイナスじゃないってことになります。

このように、あたかも唯一の正解が、世の中や他人など自分の外側にあるように感じさせ、そもそも終わりようがないテーマを無意識に感じさせて、足踏みをさせる、ぐずぐずさせる、迷わせる、アイドリングさせる、正解を探し求め続けさせる。。。つまり今のままでいさせようとする。。これ以上マイナスを増やしたくないので前進することを思い留まらせようとする。。。という防御の想いを、うつという心の個性から私は感じています。

論理的に言いますと、この防御の心の働きのことを、防衛機制って言ったりもしますね、

防衛機制とは、防衛=守っている。。でも規制=窮屈でもある。。。という意味です。

つまり、規制=窮屈=苦しいけれど、防衛=守ってくれている。

大きな災害による避難所生活や車中生活のように、あえて窮屈にすることで生命の安全確保をしている=今より大きく一気に生命の危険にさらされることを防いでくれている心の働きを防衛機制とよび、機制することで防御している。行動を規制することで防御している&防御しているからこそ窮屈で苦しい。と感じる心理状態のことを、うつという心理状態なのだろうなと私は思っています。

鎧やギブスのように、うつという防衛機制を身にまとっていることは確かに窮屈で苦しいんだけれども、うつだから!という大義名分があるからこそ、ずっとお部屋で静かに安全でいられたり、お仕事を休むことができたりと、社会保障を得ることもできたり、うつを所有しているからこそ、ちゃんと利得=プラスを得ることもできている。。。このような心の働きを防衛機制といい、うつという心の個性もこの防衛機制なんだろうなと私は思っている人なんですね。

なので、じっぱからげにうつを治さなきゃ!やっつけよう!とすると、上記のようなうつによる利得を失うことに不安を感じて、より一層に、うつを手放してしまうことへの防衛機制=うつが強化されてしまうわけですね。

そうなってくると、ほどこうとすればするほど絡まる釣り糸のように、まずますがんじがらめの機制を感じ、なにがなんだかわからなくなっても無理のないことなのだろうなと私は日々痛感している人です。

 

うつとは、ルーティン=どうどう巡り=安全確認。

もうすこかしわかりやすく表現すると、ラグビーの五郎丸さんがキックをする前にルーティンをしていますが、それと同じように、何かを始める前のルーティン=無謀な前進を避けさせてあえてグルグルと思考を巡らせようとする心理状態=軽率な行動に移る前にあえて想いを巡らせ今以上の望ましい結果を得ようとする心理的準備のことを、うつという心理状態なんだなとわたしは日々感じているわけですね。

たぶん、ラグビーの試合でキックを蹴る前の五郎丸さんも、えいやっ!と勢いで軽率にキックを蹴ってしまうより、どっちがいいのか?どうすればいいのか?どうしようか?なんで?どうして?でも。。。しかし。。。だけど。。。と、あえてたくさん想いを巡らせることで今以上の望ましい結果=キックを成功させ得点を得ようとしているわけですね。

そして、うつという心の個性を感じている方も、どっちがいいのか?どうすればいいのか?どうしようか?なんで?どうして?でも。。。しかし。。。だけど。。。と、その場その場の行動を起こす前に、あえてたくさん想いを巡らせることで、1グラムでも今以上の望ましい結果を得ようとしているんじゃないかな?とわたしは思っています。

つまりうつという心理状態は、なにかをしようとする前の準備=安心確保&安全確認の心理ってことになります。

ただ、苦しいのは、肝心かなめの自分自身にとっての望ましい結果=自分の願い&望み&感情&目的がわからないままに、今以上の望ましい結果を得ようとしている。ということなのかもしれません。

 

なにに備えているかわからないまま備え続けている。

五郎丸さんであれば、キックを決めたい!という自分の望み&目的&感情を認知したうえで、キックを決めるためには、どっちのコ-スがいいのか?どうすればいいのか?どうしようか?でも。。。しかし。。。だけど。。。と想いを巡らせている、わけなので、よし!とキックを蹴りはじめることで、うつ状態から次のステップに進んでいけるわけですね。

とはいえ、おそらくこの記事をお読みくださっている方のほとんどは、自分は○○したい!という自分の望み&目的&感情がわからないままなのかもしれません。

だとしたら、自分がいったいどうしたいのか?わからない、漠然と不安を感じる、といった、○○しすぎてしまうのもとても自然なことなわけですね。

自分は○○したい!という自分の望み&目的&感情がわからないままに、どっちがいいのか?どうすればいいのか?どうしようか?なんで?どうして?でも。。。しかし。。。だけど。。。という想いだけが無意識に巡り続けてしまうわけなので、うつ状態というグルグルが、はからずも空回り&どうどう巡りとなってしまっているのだろうなとわたしは日々感じています。

いわば、わけのわからないうちに、グルグルと心を包帯でまかれてしまって、とても苦しい想いを感じている。ということなのかもしれませんね。

備えあれば憂いなしといいますが、備えること自体は素晴らしいのですが、なにに備えているのか?がわからなくて、備えばかりがグルグルと続いてしまっている。

備えあれば憂いなしとはいうものの備えること自体が憂いですので、備え=憂いばかりがグルグルと空回転を続けてしまって、結果、漠然とした不安を感じたり、なぜか焦ったり、なぜか疲れやすかったり、なぜか無気力を感じたり。。。と、お医者様の言ううつの症状が現れてくるのでしょう。

つまり、うつという心の個性にたいして、いろいろな表現=認知を工夫していくと、無謀な前進を避けさせてあえてグルグルと思考を巡らせ備えようとしている心理状態、軽率な行動に移る前にあえて想いを巡らせ今以上の望ましい結果を得ようとする心理的準備、戦国武将に例えるなら深慮遠謀という言葉が近いのかもしれません。

でもうらをかえせば、考えすぎ、理想が高い、頭がよすぎる、慎重すぎる。。。心配性。。。などども捉えられてしまうのかもしれません。

 

頑張る&我慢し続けたほうが幸せになる!と思い続けたいか?

このように、お医者さまのように、うつという心の個性=うつ病(鬱病)と表現するのもひとつの捉えかただなとわたしは思いますが、わたしの側から見ると、同じうつという心の個性にも、クライアントさまそれぞれにひとつひとつ歴史や色合いがあるものだなと日々思っています。

なので、そもそも、うつとは○○である!と、とてもざっくりと一括りで表現してしまうことは、わたしには到底無理なわけですねm(__)m

さりとて、これ以上ながながと書いたとしても、それは単なるひとつの表現=2016年の7月28日(木)午前10:55分現在の感じ方にすぎません。

なので、明日の2016年の7月29日(金)になると、うつという心の個性へのわたしの捉えかた&感じ方&表現は、おそらく今とは違った味わいに変化してしまっていたり、今とは違った表現があらたに増えてきているでしょう(^-^)

そうやって、ひとつのことに対する印象=捉え方=認知が日々変わったり増えてしまったとしても、それを、どれがいい?とあえてセリに掛けて捉えるより、どれもOKとしてみるのもひとつのアイデアなのかもしれませんね(^-^)

そうやって、ひとつのことに対する印象=捉え方=認知が日々自然と変わってしまっていることを、人の心の自然成長といいます。

同時に、これ以上、わたしがながながと書いたとすると、この記事を読んでいるあなたが、どうすればいいのか?どうしようか?なんで?どうして?でも。。。しかし。。。と、わたしの記事にさらに正解を探し求め始めてしまって、かえってうつという心の個性を活発化してくれるかもしれませんね(^-^)

なので、この記事ではほんの少しの最大公約数みたいな部分=当方メンタル心理そらくものエッセンスみたいな部分をちょっぴり表現してみました。

 

正解を探し求め続けたいか?自分の望みに気づきたいか?

最後にポイントは、今苦しさを感じている心理状態を、これからどうしてみたいのか?です。

どうしたらいいのか?=世の中の正解と、どうしたみたいのか?=自分の望みの違いがわかってきたときに、あなたも五郎丸さんのように次のステップへと自然と動きはじめて、振り向くと、うつというどうどう巡りはほっと終息していくでしょう。

とはいえ、どうしたらいいのか?で考えると、どうしたらいいのか?どうすればいいのか?と、さらにグルグルとうつという備えや巡りを続けることもできるでしょう。

なぜなら、どうしたらいいか?は正解を求めることになってしまって、いくら本を読んでもいくらインターネットで正解を探しても、正解を探して想いを巡らせているだけではあくまで準備や備えを続けているのみで、正解を探し想いを巡らせ続けてしまう=うつ状態をかえって自分で強化してしまうことになりかねませんね。

さりとて、そんなこと言ったって、自分がどうしてみたいか?がわからないからこの記事を読んでいるのに!というお気持ちを感じてくださったとしても、それも自然なことだなと私は思っています。

そして、あなたがどうしてみたいのか?(五郎丸さんでいうキックを決めたい!)=今まではあなたお1人ではわかりづらい方が自然だったあなたの望み&目的&感情を、これからあなたとわたしの二人のチームワークでわかっていく機会を心理カウンセリングと言います。

くわえて、あなたがどうしてみたいのか?=あなたの望み&目的&感情を、私のお部屋であなたとわたしの二人のチームワークで叶えて満たしていく(五郎丸さんでいうキックを決めてみる!)機会を心理セラピーと言います。

という私の言葉を読んだ直後に、なんで?どうして?どういうこと?どうすればいいの?どうなっちゃうの?でも、しかし、だけど。。。というグルグルを新たに感じ始めてくださったとしても、記事を読んだだけの今の段階では自然なことですね(^-^)

この記事を読んだだけ&わたしのホームページの記事を読んだだけでは、どうしたらいいか?を探している=どうどう巡りの最中=準備中なわけですから、この記事をここまで読んでくださった今現在でも、今まで通り、どうしたらいいか?のグルグルを引き続き感じてくださっていたとしても、とても自然なことだなと私は思っています。

なので、ポイントをおさらいすると、この記事をここまで読んで、うつという心の個性を、あなたはこれからどうしてみたいですか?という次のステップを適当に思い描き始めてみることが未来への大きなチャンスとなるだろうなと私は思っています。

もし、うつという心の個性をこれから平和的に終息してみたいと願ってくださるなら、カウンセリング&セラピーという安全な機会にてお会いして、あなたオリジナルのうつという心の個性に、いつの日か安全に確実に携わり始めさせていただけますと私もお力になれて嬉しいです。

いつの日か、あなたが感じているあなたオリジナルのうつという心の個性を、あなたが私のまえにお持ちいただける日を、私はいつまででも楽しみとさせて頂いております。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 13時41分--

うつ(鬱病)克服:人が怖いと感じる=対人緊張ということ。

人が怖い。飲み会などの集団が苦手。人目が気になる。会社や学校の人間関係に悩んています。このように、人に対する悩みを表現する言葉はたくさんありますね。

このような心の個性をお医者さまは【対人緊張】もしくは【対人恐怖症】と表現するのかもしれません。

それでは、人が怖いと感じる心の個性について私なりに表現してみましょう。

 

怖いとはとっさに生命を守ろうとする心の働き。

まずはじめに、怖いという感情についてですが、怖いという感情自体は人間に限らず、ワンちゃんもネコちゃんも生きものであればひとしく感じる感情ですね。

怖さとは警戒心とも言えますので、怖さとはつまり生命を守るために必要不可欠な感情です。

毎朝、ウォーキングをしている私の姿を見ただけで、公園の野良ネコちゃんたちがササッと逃げ隠れてしまうように、鳥たちが少しの物音に危険を感じて飛び立ってしまうように、釣り針に警戒してなかなさ魚が釣れないように、人間に限らず全ての生きものは、周囲の状況に違和感を感じると、無意識に且つとっさに生命を守る行動を取ります。

裏を返せば、怖さを感じる心の個性が敏感であればあるほど生存本能に優れている。ということですね。

人間だけが持っているねじれた価値観。

でも人間とはおもしろい価値観を持っています。

それは、心配性。ビビリ。気が小さい。心が弱い。などの怖さや慎重さに対するねじれた価値観です。

人は、生存本能の優秀さの証である怖さを、おかしい&いけないと、まるで劣っているかのように真逆の評価&矛盾した表現をしたりしますね。

本来、人として優れている本能を、同じ人間に揶揄されてしまうわけですから、なんで?どうして?とわからなさを感じてしまうでしょう。

怖いとはよくわからないということ。

例えば、宇宙人とか幽霊ってやっぱり怖いものですね。

宇宙人とか幽霊ってまじまじとお話したことないのに、なぜ怖いって感じるのかな?

それは、怖い=よくわからないってことだからです。

例えば、よくわからない人に声をかけられても危ないから付いていってはだめだよ。なんて小さなお子さまに教えてあげたりしますね。

人間という生きものが最初に感じた感情は、怖さ=恐怖と言われています。っていうのは心理学をかじったことのあるかたなら知っているかもしれません。

人間という生きものが今や66億まで数を増やすことができたひとつの要因は、怖さ=危機察知能力=予期不安=生存本能に優れているから。なんですね。

よくわからない=なにをされるかわからない=危険だ!=怖いぞ!危ないぞ!という心理。

つまり、わからない=危ないぞ=怖いと予期していち早く怖がれる能力を身につけたことで、ほかの動物よりいち早く生命の安全確保ができるようになって、そのぶんたくさんの子孫を残すことができた。というのが人間の生存の歴史なのですね。

なので、人が怖いということは、人になにをされるかわからない、人にどう思われてしまうかわからないって感情だと私は思います。

あの人はよくわからないので面倒なことに巻き込まれたくない=あの人が怖い。

飲み会にいくとなにを言われたり、押し付けられたり決めつけられたり、どのように誤解されてしまうか?わからない=飲み会はなにされるかわからないので苦手。

学校に行くと周りの友人の感情に巻き込まれたり振り回されて苦しいので学校は安全かわからない=家で安全を確保していよう=不登校。

安全か?わからないまま無理に突撃して、かえって苦しさを増やしてしまうより、わからない=危ないぞ!と安全第一で安心確保をしようとしている。という心の個性を、お医者さまは 【対人緊張】もしくは【対人恐怖症】と表現するのかもしれません。

人が怖い=人がよくわからないという心の個性を緩めてみませんか?

ただ、あまりにも安全確保が過ぎるとかえって窮屈でそれもまた苦しくもありますので、今までの人への印象を新しい視点で捉えなおして安心の方向に緩めてみるのもひとつのアイデアなのかもしれません。

過去の人への怖さ=あるとき人との間で起こり今もわからないままになっている過去の人との体験を、カウンセリング&セラピーという機会であらためて振り返り、わからないままだった人への印象を今からわかる化して、人への怖さをホッと緩めてあげる。。。

人が怖いという心個性をそのままに、無理に克服しようとしてトライアンドエラーを繰り返すのもひとつのアイデアですが、人が怖いという心の個性を緩めてから安全第一で人との接点をだんだんと広げたり自分の居場所を安全に確実に広げていくのもひとつのアイデアてすね。

人への怖さを和らげたい場合は、人が怖いと感じる個性の始まり=一体いつからどの人間にたいしてわからなさを感じ始めたのだろう?という視点がとても大きなチャンスになります。

人に感じたわからなさ&不思議さ&理不尽さ=人への怖さの始まりをカンセリングで大切に見つけてあげて、セラピーで大切に緩めていく。。。

そんなお手伝いをさせていただける機会を与えていただける日を私は楽しみにさせて頂いております。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 19時21分--

うつ(鬱病)克服:不眠=不安で眠れないってどいうこと?

眠らないといけないと頭ではわかっているんですが、どうしても不安で眠れません。

このような訴えを不眠というのでしょう。

不眠とは、うつ(鬱病)の症状の代表例と言えるかもしれませんし、安眠は、やる気や元気といった心的エネルギーの充電行為=うつ(鬱病)回復の大切な要素ですね。

さて、眠らないといけないという理屈を頭ではわかっていても不安で眠れないのはなぜなのでしょうか?

この疑問に私なりにお応えさせていただくと。

安心して眠りたいからこそ、その前にスッキリしておきたい気がかりがあるから。というお応えになります。

わかりやすく例えると。

汗をかいた体が気がかりなので、お風呂に入ってスッキリしてから安心して眠りたい。

終わっていない宿題が気がかりなので、宿題を終わらせてスッキリしてから安心して眠りたい。

明日の旅行が気がかりなので、旅行の準備を終わらせてスッキリしてから安心して眠りたい。

シワシワのシーツが気がかりなので、ベッドを整えてスッキリしてから安心して眠りたい。

このように安心して眠りたいからこそ、その前にスッキリしておきたい気がかりがあり、その気がかりをスッキリしようとする確認心理が無意識に働いている。でもその気がかりがなかなかスッキリしないので安心して眠りづらい。という心のコンディションを不眠って言うのだと私は思っています。

安心して眠るためにスッキリしておきたい気がかりが、お風呂や宿題や旅行の準備やシワシワのシーツだと認識できれば、それらをスッキリ済ませることで安心して眠りやすくなっていく。というわけですね。

ですが、不眠とは安心して眠るためにスッキリしておきたい気がかりが一体なにかわからないので、眠ろうとすればするほどグルグルと不安が空回りして安心して眠りづらくなってしまっている。ということだと私は思っています。

なので、不眠を終わりにしていくためには、眠る前にスッキリしておきたい気がかりをみつけてスッキリしてあげる必要があるわけです。

そして、自分ですらわかりづらい気がかりを私=寺井とのチームワークで確実に見つける作業を心理カウンセリングと言い、心理カウンセリングで見つけた気がかりを私=寺井とのチームワークで確実にスッキリしていく作業を心理セラピーと言います。

安心して眠るための条件=自分でもわかっていない気がかりを心理カウンセリングで見つけて心理セラピーでスッキリしていくと、おのずと安心して眠りやすくなっていく。というわけですね。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 23時12分--

うつ(鬱病)克服:不安を膨らませる方法を知って不安を和らげはじめよう!

うつ(鬱病)の方からも、そうでない方からも、「不安で仕方ないんです。。。」
 
という気持ちを良く聞かせて頂くことが出来ていますね。
 
さて、不安を和らげるには何が必要なのでしょうかね?
 
まず、シンプルにできる不安を和らげ始める方法は
 
「不安で仕方ないんです。。。」っていうつぶやきや想いを、「不安で仕方ない私がいるんだよね〜。。。」っていうつぶやきや想いに置き換えてみることですね。
 
ポイントは【私がいる】というフレーズをプラスすることで不安を肯定できていること、加えて【***なんだよね〜】というフレーズをプラスすることで、不安な自分と共感できていることですね。
 
肯定=不安の居住権を認めてあげて、共感=安心を届ける。。。。
 
それは、一人でも全然できることなわけで、それをできるようにしてあげていくことが、私の理カウンセリング&心理セラピーの大切なテーマのひとつでもあるわけです。
 
自分一人でも、不安を肯定⇒不安な自分と共感できて、不安に安心が混ざって、不安に安心を混ぜて和らげてあげていくって言うのが、私が知っている一番シンプルな方法なのですが、この方法は、私の心理カウンセリング&心理セラピーでいろいろ体感することで、内面的にもっと和らぎを感じやすくなるものでもあることも、併せてお伝えさせていただいておきますね。
 
つまり、私の心理カウンセリング&心理セラピーの大切なテーマのひとつに、クライアントさん自身でクライアントさんの心をケアできるようになること。というのがありまして、私の心理カウンセリング&心理セラピーを体感してから、「不安で仕方ない私がいるんだよね〜。。。」っていうつぶやきや想いを自分が自分に届けてあげることで、クライアントさんお1人でも、片手間に不安を和らげることが出来るようになったり、クイックに安心を膨らませるようになっていく作業を、私は私なりのセルフケアって呼んでいます。
 
クライアントさん自身のお気持ちでセルケアを進めてくだされば、セルフケアを進めていくに当たってのアフターフォローについて私はお金をいただきたいとは思っていませんので、セルフケアの方法を学びたくて=体感したくて、遠方から当方の心理カウンセリング&心理セラピーを御利用になる方も結構いらっしゃったりしますね。
 
私が言う主なんですが、確かに自分で自分を癒せるようになったり、自分で自分を安心させてあげられるようになれば、通い続けることも周囲の意見に惑わされる可能性もグンと減るわけですから、遠方からお越しくださる方のお気持ちはとても理にかなっているな。なるほどなと私も日々思っています。
 
まぁ宣伝チックはここまでにして、さてさて不安を和らげる方法については、ほかにもそれぞれいろいろ知っている方も多いかもしれませんが、その方法について深く納得するためには、まず反対に不安を膨らませる方法を知ってみることで、不安の個性を知ってみるということも、ひとつの方法なのかもしれませんね。
 
大昔の孫氏(そんし)って人が大昔にすでに言っていますが、
 
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ってことですね。
 
つまり、不安という相手のことをよく知って、加えて不安を抱えている自分のことをよく知ってみれば、不安について広い視野でいろいろわかってきて、お互いに=不安な自分&不安を解消したい自分=自分たちというチームにとって望ましい結果を得やすくなるだろうってことですね。
 
さてもしかしたら、この記事を期待して読み始めてくださったのに、ここまで読んで、なーんだってガッカリして記事を読み終えようとしてくださっている方もなかにはいらっしゃるかもしれませんね。
 
もしあなたが、不安で不安で仕方なくて、この記事に期待してくださって、ここまで読んでくださって、今ガッカリしてくださっているとしたら、おそらく不安が和らがない理由はソコにあると私は思います。
 
つまり、そんなあなたは不安にうんざりして不安を嫌がっているか?
 
不安に怯えて不安を消し去りたいと思っているか?ではないでしょうか?ってことですね。
 
もしかしたら、いつの頃からか、不安=気が小さい=情けない=恥ずかしい=いけない=悪い!と錯覚せざるを得ない歴史があったのかもしれませんね。
 
もしそうだとしましたら、あなたが不安を和らげることができない理由は、不安を嫌がっていることであり、不安を消し去ろうとしていることであり、不安=いけない!って思い込んでしまっていることだと私は思います。
 
つまり、不安を嫌がる心理、不安を消し去ろうする心理、不安=いけない!って思い込んでいる心理そのものが、不安を膨らませてしまっているのではないでしょうか?ってことですね。
 
なぜですか!?
 
はい(^_^)それはとてもシンプルです。
 
なぜなら、どんな感情でも否定すれば膨らみ、認めれば和らぐからですね。
 
例えば、笑いたい!という望ましい気持ちだって、否定すれば膨ませることができて、結果、苦しみに変えることもできますね。
 
私はあるとき、こんな心理分析をしたことがあります。
 
父親の法事という神妙な席で、私の目の前にお坊さんが座っていたんです。
 
そして、目の前でお経を読んでくださっているお坊さんの頭にフラフラ〜とハエが止まってしまったんですよ。
 
私は当然に「笑いたい!」って気持ちを感じることができましたが、その時、こんな風にも思ったんです。
 
もし「笑いたい!」って気持ちをあえて「笑っちゃいけない!」って堪え続ける=否定し続けたらどうなっちゃうんだろう??って思ったわけです。
 
まぁ思い返すと、職業病とも言えるかもしれませんが、これだけ「笑いたい!」って気持ちをこれだけ「我慢しなきゃ!」って抑えることができる時も早々ないだろうなと感じて、「笑いたい!」って気持ちを「笑っちゃいけない!」って堪え続ける=否定し続けることにしてみたわけですね。
 
そうすると、「笑いたい!」って気持ちと「笑っちゃいけない!」って考えがどうしよう?どうしよう?ってシーソーみたいに揺れ動いて、もじもじしてきて、ドキドキしてきて、とても苦しくなることができたわけです(^_^)
 
私も幸いにして心理の専門家ですから、表面的には誰にも知られることなく、「笑いたい!」って気持ちを和らげることもできてことなきを得ることができたわけですね。
 
どうしたか?って(^_^)
 
それはとてもシンプルですね。
 
「笑いたい!」って気持ちを感じながら、「笑いたい俺もいるんだよな〜。でも、笑っちゃいけないって考えてくれている俺もいるんだよな〜」っていうつぶやきや想いを、胸をさすりながら自分の心に届けることで、「笑いたい!」気持ちも「笑っちゃいけない」という考えも和らいで、苦しさも終わらせることができましたね。
 
つまり、「笑いたい!」って気持ちと「笑っちゃいけない」って考えは、正反対に向かおうとしているので、どちらか一方だけを選ぼうとすると、どちらかが無視されるので、無視されたり抑えられた側がかえって膨らんでしまって、どんどん盛り上がって苦しくなってしまうわけですね。
 
でもまずは、両方とも俺の中にあるんだよな〜って、両方ともある=0(ゼロ)じゃないってことさえ認めてあげれば、案外和らいで扱いやすくもなってくるわけですね。
 
なので、不安も嫌がれば否定することになってしまって膨らんでしまっても自然でしょうし、不安も消し去ろうとすれば同じく否定することになってしまって膨らんでしまっても、残念ながら自然なことだろうなとも私は思えてしまいます。
 
反対に言えば、今あなたが辛いくらいに不安を感じているとしたら、その半分以上は、あなた自身が膨らませているかもしれないということですね。
 
ということは、不安を和らげることができるチャンスは、あなた自身の不安の扱い方次第で、大逆転もありうるということだと私は思っています。
 
とはいえ、不安を認めるということは、不安のまま耐え続けるってわけでもないんですね。
 
耐え続けるってことは、目を反らす&堪える=否定しているので、怖さを我慢しているのと同じく、かえって不安が膨らんでしまうだろうなと私は思います。
 
なので、杓子行儀ではありますが、大前提としては、不安を受け入れるってことになってしまいますね。
 
ここまで読んでくださって、不安を受け入れるって聞いて、ガーンとガッカリしてくださった方もなかにはいらっしゃるかもしれませんね。
 
でもそんなあなたは、不安を受け入れる=不安に降参することになって不安がずっと続いてしまう。。。って、苦しい思い込みで不安を捉えていたりしませんか?
 
もしそうだとしても、大丈夫(^_^)
 
もし、私が不安を受け入れる=不安に降参することになって不安がずっと続いてしまう。。。って思い込んでいたとしたら、不安を受け入れるって聞いたとたんに、やっぱりガーンとガッカリしているだろうなと私も思いますし、今まで不安で嫌な思いをず〜っとしてきたわけですから、結果的に苦しい思い込みをするしかなかったとしても、無理のなかったことだろうなと私はひとり思っていますし、苦しくもあったことだろうなとも私は思っています。
 
でも不安を受け入れるということは、不安に降参するわけでも、不安に染まるわけでも、不安が続いてしまうわけでもないわけですね。
 
本当はその反対で、不安を受け入れることで、不安が終わり始めていくってことなんですね。
 
つまり不安を受け入れるってことをシンプルに表現すれば、不安が0(ゼロ)じゃないねってことにさえしてあげればまずは充分なわけですね。
 
なので不安を感じたら。。。
 
私は不安が嫌だけど、嫌だって感じるってことは不安があるってことなんだろうな。
 
私は不安を認めたくないけど、認めたくないってことは不安があるってことなんだよね。
 
私は不安じゃないと思いたいけど、もしかしたら不安だったりするのかもしれない。
 
不安はとても嫌な感じだけど、でもいつか不安をみつけて和らいだらもっといいなって思えるようになれたらいいな。
 
不安を感じてしまっている以上、こんなふうに無責任に感じられてもくどくてもOKなので、まずは不安が0(ゼロ)じゃないねっていう思いを心に届けてあげれば、それだけで充分受け入れていることになるわけですね。
 
不安を受け入れるってことは、残念だけど不安は0(ゼロ)じゃないねって、嫌だけど不安は0.1か0.01かはあるんだろうねって、極小でも不安の居住権だけは心に認めてあげて心に不安を居させてあげながら、一緒にいろいろやってみて、いろいろやってみて感じられるいろいろな気持ちを混ぜご飯みたいに不安に混ぜてあげて、未来の自分のために、不安を薄めたり和らげたりしていってあげるってことなんですね。
 
そうやって受け入れる=不安の居住権は認めてあげていくことで、はじめて不安に変化を加えることができるわけで、嫌だ!と頑として居住権を認めなかったり、消し去ろうと居住権を認めなかったりすると、不安は落ち着き場所を求めてかえって活発に反対運動を始めるわけですし、不安はないことになってしまっているので、そもそもないものを和らげようもないってことにもなってしまって、ずっと一時停止したままってことになってしまいますね。
 
ないってしちゃったら、ないものはないので和らげようもないってことなわけです。
 
隣の人がうるさくて静かにしてほしいなら、隣の人がいる時でないと静かにしてほしい!っていうリクエストを隣の人に届けることすらできないので、なかなか静かに安心できなくても残念ながら自然なことなんですよね。
 
それと同じように、不安をないこと=否定してしまったら、静かにしてよ!っていうリクエストを届けることもできないので、なかなか不安が和らがなくても残念ながら自然なことなんですよね。
 
つまりあるはずのものをない=否定してしまっていること自体が、不安を膨らませてしまう一番の理由なわけですね。
 
0.1でも0.01でも仕方なくても、まずは、0(ゼロ)じゃない=ないわけじゃない=あるってことにしてあげられると、初めてあるものなので和らげることができるようにもなるわけですね。
 
なので、受け入れる=不安の居住権だけは心に認めてあげることができれば、いろいろな贈り物の届け先=不安の住所がわかるので、ようやくはじめてほかの気持ち(安心、嬉しさ、充実感など)を不安に届けることができて、不安にほかの気持ち(安心、嬉しさ、充実感など)を届けて混ぜてあげることで、やっと不安を望ましい方向に薄めてあげる=和らげてあげはじめることができるわけですね。
 
そうすると、薄めることができた不安=和らげることができた不安が、ちゃんと心に上書き保存する=成長することができて、次の機会には、薄まった=和らいだ新しい模様の成長した不安が呼び起こされるようになって、更に扱いやすく受け入れやすくなるということですね。
 
とはいえ、ここに書かせて頂いた受け入れる=薄めていく=上書き保存をはじめてみる。という不安を和らげるための第一歩を踏み出せないくらいの大きな不安をすでに抱えていらっしゃる方がいることも私はよく知っているつもりです。
 
そういった方は、やっぱり心理セラピーが有効だろうなと私は思っています。
 
心理カウンセリングより心理セラピーの方が有効なのですね。
 
私は、心理カウンセリングも心理セラピーも両方大切にしている人間ですが、自分が扱いきれないくらいの気持ちを抱えてしまっている場合は、やっぱり心理セラピーが有効だろうなと私は思います。
 
とはいえ、心理セラピーが有効な理由をここで書き始めると、とても長ーい文章になってしまうので、今回はここまでとしておきますね。
 
つまり、自分が扱いきれないくらいの不安な気持ちを抱えてしまっているということは、その方の心についつい不安を膨らませてしまう心のクセの様なもの=心理があって、人知れず不安を量産してしまっているかもしれないな?ということがひとつ言えますね。
 
もうひとつ言えるのは、自分の不安を終わらせてあげたいのだけれど、果たして自分には自分の不安を和らげる資格みたいなものが、そもそも本当に自分にあるのだろうか?自分はこれでいいのだろうか?自分って何か劣ってるんじゃないか?って錯覚してしまっていたりするかもしれないな?ということも、加えて言えるのかもしれません。
 
もしそうだとしましたら、自分の不安を自分以外の誰か何かに和らげてもうらうこと。にまずは懸命にならざるを得なくて、自分で不安を受け入れるってところまで到達する余裕=元手さえ持ちえないというとても苦しい心のアヤ=心理を抱えているかもしれないな?ということも併せてひとつ言えるのかもしれません。
 
見えないものわからないことに対してまず不安=慎重になるのことが人の心の素敵な個性なので、自分が扱いきれないくらいの気持ちを抱えてしまっている場合は、もしかしたら目の前の出来事よりも、はるか以前の???(私ってどうなの?どうしてこんな気分になってるの?なんで私だけ?私ってどう思われてるの?)的な体験が、今も疑問のままずーっとグルグル回り続けていて、その影響が大きかったりするのかもしれません。
 
あえて言葉にするなら、漠然とした不安って表現になるのかもしれませんね。
 
つまり、目に見えない確かめにくい自分の存在感自体に不安を感じていたり、わかりづらい自分の心理自体に不安を感じているとしたら、それこそがあなたが扱いきれないくらいにまで気持ちを膨らませてしまっている理由かもしれないな?と私は思ったりしています。
 
例えば、メガネの度が合っていないまま生活し続ければ、いろいろな問題が起きて生活は憂鬱になるでしょうね。
 
肩こりになったり、見間違えて失敗したり、人の表情を誤解してしまったり。。。。
 
でも、度が合っていない。という根本的なきっかけにいつまでも気づくことが出来なかったとしたら、メガネの度を疑う余地もなく、懸命にいろいろな対処的な対策を見つけようとしてくれるのかもしれません。
 
肩こりを解消するために運動しなきゃ!
 
見間違えないように頑張んなきゃ!
 
人の表情を怖がらないようにしなきゃ!
 
もしかしたら、モグラたたきのようにこんな対処的な対策を次々としてくれるかもしれないのだけれど、なかなか結果が持続しにくくもあって、情けない。もうたくさんだ。終わらせたい。死にたい。って感じることになってしまったとしても、無理のないことだろうなとも私は思います。
 
それと同じように、心にもメガネの度みたいなものがあってそれを心理って言います。
 
なので、もしメガネの度の例と同じように、心のレンズの度=心理が今現在のあなたに合っていないとしたら?とあえて捉えてみると、あなたの苦しさの全体像にまとまりを感じやすくなっていくのかもしれませんね。
 
つまり私は、心のレンズの度=心理を今現在のあなたに合わせていくだけで、あなたのフィーリングが広範囲にわたって自然にいろいろと望ましい方向に変わってしまっていくだろうなと考えている人であり、日々いろいろな方達とそれを一緒に行っている人だということですね。
 
もし、メガネの度が今現在の自分に合っていないことに気づくことができて、メガネの度を今現在の自分に合わせてあげることが出来たら、肩こりも、見間違えも、誤解も、無数にあると思えていたいろいろな問題も、案外に労せずして自然とクリアになっていくかもしれませんね。
 
それと同じように、心のレンズの度=心理が今現在の自分に合っていないかも?と少しでも気づくことができて、心のレンズの度を今からでも今現在の自分に合わせてあげていけば、これから不安を感じる回数が減って、感じる不安の量も減って、不安に対する自分の印象も和らいで、不安を扱いやすくなって、不安を受け入れやすくなって、ふと振りければ、どうでも良くなっている=お悩みの解消となっているかもしれませんね。
 
メガネのレンズの度のように、心にも心理っていうレンズがあって、その心理のマッチング=度が今現在のあなたに合っていなければ、あなたが扱いきれないくらいの気持ちを抱えてしまっていることも、ある意味自然なことでもあるだろうなと私はピュアに思います。
 
でも、心のクセのような、心のアヤのような、心理っていう心のレンズをクリアにしてあげたり調整してあげることで、案外いろいろな望ましい変化を未来のあなたに自然にもたらしてくれるのではないかな?と私は思っています。
 
私とあなたであなたの心を見つめて、私とあなたであなたの心のレンズ=心理を見つめて、未来のあなたにとって心地よいフィーリングに心のレンズ=心理を私とあなたで成長させてあげていく。。。
 
それがメンタル心理そらくもの心理カウンセリング&心理セラピーってことになりますね。

©2012-メンタル心理そらくも
-- 18時40分--

うつ(鬱病)克服:不安が止まらないのはどうして?

警報のように鳴り響く不安を新しい視点で捉えています。

不安がとまらない様子を説明しているイラスト

 

不安が止まらない…不安で不安でしかたがない…

花火大会のように次々と連鎖する不安は苦しいものです。

この記事は、不安が止まらない…という心の状態を当方なりのユニークな捉え方で解説しています。

 

とにかく不安が止まらない。

不安が止まらない…とっても苦しいですね。

お仕事をしていてもきっちりやらないと気が済まない。

休日でもお仕事が気になって落ち着かない。

眠りについてもいろいろ思い出されてドキドキそわそわしてしまう。

人のちょっとした目線にも、人のちょっとした言葉にも、人知れず不安が広がってしまう。

そして、体は人知れず緊張してしまうのですからお疲れにもなるだろうと思います。

(関連:無気力とは怠け者じゃない!悪くない!

 

なにかが溢れだしそうな不安が止まらない。

なぜか?人知れず心に不安が広がってしまって安心したいのに落ち着けない。

さて、どうしてでしょう?

それはおそらく、あなたの心がストレスで一杯か、それともあなたの心にまだ気づけていない傷のようなものがあるか?

もし、心がストレスで一杯なら、これ以上ストレスが増えると一気にあふれ出てきてしまいそうなので、ストレスが溢れ出ない様に、小さな出来事にもひとつひとつ安心を確かめたくなるでしょう。

もし、心に癒しきれていない傷のようなものがあるのなら、これ以上傷口が広がらない様に、小さな出来事にもひとつひとう警戒を感じてしまうでしょう。

(関連:防衛機制は心のギブス:また傷つくんじゃないか?はずっと続いてる。

 

不安が止まらない=警報が止まらない。

不安は安心を求めているサインでしょうし、不安は何かに警戒しているサインでもあります。

もし、あなたが人知れず不安を感じてしまい、落ち着かなかったり眠れなかったりしてしまうのだとしたら…

あなたの心がストレスで一杯なので警報のようなサインを送ってくれているか?

あなたの心にいまだ気づけていない傷のようなものがあるか?

どちらかなのかもしれませんね。

(関連:イライラする原因は自律神経の働き

 

不安は警報のような役割だということを説明しているイラスト

 

いずれにしても、不安とは目覚ましい時計のベルのように、警報やサインのような役割りだと私は思っています。

なので、不安が止まらない。ということは、心に警報が鳴り続けている。とも言えるのかもしれません。

(関連:アダルトチルドレンの解説

 

とはいえ、そのことに気づくことが難しいことも私はあわせて知っているつもりです。

いずれにしても、心はあなたにとって不利益なことはしようとしないことも知っています。

あなたにとって、一瞬は望ましくない症状だと感じる不安も、もしかしたらなにかを訴え、なにかに気づかせようとしてくれているサインなのかもしれませんね。

(関連:インナーチャイルドの訴え

 

いつの日か、不安というサインに込められているメッセージみたいなものを一緒に読み解いて、鳴り響くサイン=とまらない不安を落ち着かせていくお手伝いをさせて頂けると幸いに思います。

(関連:カウンセリング&セラピーの説明

 

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©2012-メンタル心理そらくも
-- 17時30分--

うつの不安と焦燥感の原因は見捨てられ不安

うつの不安と焦燥感の根本はインナーチャイルド

うつの不安感と焦燥感の原因は見捨てられ不安

 

そもそも、うつ(鬱病)という呼び方は、病名なのでお医者様だけが診断できる言葉です。

それはそれとして、うつと呼ばれる状態は、心理学でも認識されており、うつ状態とも言います。

このうつ状態とは、不安と焦燥感が大きくなってしまったことで、心的負担も大きくなり、そのぶん心的エネルギーが不足している心理状態です。

 

さて、私自身もかつては、うつの不安と焦燥感にとても苦しんだ経験があります。

今となって思うは、うつの不安と焦燥感は、なにか心が誤動作しているかのように、どんどんと勝手に盛り上がってしまう感覚です。

この記事は、私自身のうつ克服経験をもとに、うつの不安と焦燥感の根本に着目した記録です。

 

うつは不安と焦燥感が波のように襲ってくる状態。

うつ状態を、ひとつのキーワードで表すと「」になります。

そう「?」=クエスチョンです。

 

自分がなにか動き出そうとすると…

 

なんで?どうして?どうすれば?

だけど?でも?しかし?

これでいいのか?大丈夫か?

 

と、たくさんの不安と焦燥感が心に溢れだし、あらゆることに億劫になり躊躇してしまいます。

 

例えば、あるサラリーマンさんが、毎日毎日お仕事に追われていたとすると…

 

一体いつまで忙しんだろう?

自分はなんで怒られたんだろう?

ここまで仕事をしなきゃならないんだろうか?

あのとき自分がもっとこうしていれば良かったのだろうか?

 

と、たくさんの不安と焦燥感を感じながらの日々となります。

 

そして、その不安と焦燥感が長く続いたままだと…

 

自分はいったい何に疑問を抱いているんだろう?

自分はどうしたいのだろう?

自分はどうしたらよいのだろうか?

自分は何かおかしいのだろうか?

 

と、さらにたくさんの不安と焦燥感を抱えることになります。

 

このように、うつは不安と焦燥感が雪だるま式に膨れ上がっていく感覚です。

また、ある時の私のメモを見ると、

「例えるなら、うつは不安と焦燥感が花火大会のように連発する感覚」だと書いてあります。

 

このように、うつの不安と焦燥感は、自分が盛り上げようとして盛り上げているものではなく、自分がなにか活動的になろうとするとそれを妨害するかのように自然と盛り上がる感覚です。

(関連:予期不安を解消するには?予期不安の意味とは?

(関連:イライラする原因は自律神経の働き

 

うつの不安と焦燥感は、誰かにつきまとわれている感じ

これは、うつ患者時代の私のメモ書きになるのですが、

「うつの不安と焦燥感は、まるで芸能レポーターにつきまとわれ問い詰められている感じだ…」

と、うつの不安と焦燥感の負担の大きさを表現しています。

 

私自身は、芸能レポータにつきまとわれたことはないのですが、

テレビなどで見るにつけ、なにか行動を起こすたびにつきまとわれて、

 

なんでですか?

どうしてですか?

これからどうするんですか?

 

と、都度、問い詰められてしまっては、息苦しくて憂鬱な気分になって当然です。

 

もう…うんざりして眠りにつこうとしても…

 

なんでああしなかったんだ?

どうしてこうしなかったんだ?

もっとああしておけばよかったのに?

眠ってしまっていいのか?

もっとこうしなきゃいけないんじゃないか?

 

と、うつの不安と焦燥感がつきまとってきます。

このように、うつの不安と焦燥感に、24時間体制でつきまとわれてしまっては、何もやる気が起きないほうが自然だったと私はあらためて思います。

(関連:自分の心を分析:うつでやる気がでない理由

 

うつの不安と焦燥感は、一休さんのどちて坊やみたいです。

これも、うつ患者時代の私のメモ書きになるのですが、

「うつの不安と焦燥感は、まるで一休さんのどちて坊やのようにしつこい…

と、うつの不安と焦燥感のねちっこさを表現しています。

 

若い世代の方は、【どちて坊や】を知らないでしょう(^^)

どちて坊やとは、昔のテレビアニメ【一休さん】に登場していたキャラクターです。

 

どちて坊やは、あらゆることにたいして、【どうして?どうして?】と質問攻めをしてきます。

頭のいい主人公の一休さんも、どちて坊やの追及をかわすのになかなか苦戦するほどです。

 

ある時期の私は、芸能レポータのような、どちて坊やのような、うつの不安と焦燥感=ねちっこい感覚につきまとわれだいぶ無気力状態になっていたようです。

(関連:無気力とは怠け者じゃない!悪くない!

 

もう…なにもしないほうが静かでいい…

そして、これ以上、うつの不安と焦燥感=ねちっこい感覚につきまとわれたくないという想いから、何もしないほうが静かでいい感じるようになりました。

ただ、じっと静かにしていれば、心が騒がしくなることを少しは減らせます。

少し活動すると、うつの不安と焦燥感がパパラッチのようにまとわりつくので、引きこもりをするかたの気持ちがとてもよくわかったような気がしました。

(関連:うつで無気力な原因は心身の回復のため静かにじっとしてたいから!

 

とはいえ、トイレや食事など、どうしても活動する時間もあるので、そうすると、うつの不安と焦燥感はここぞとばかりに盛り上がりまとわりついていきます。

そのうち、「うっとうしいハエや蚊」を扱うように、「うつの不安と焦燥感」を消しさりたい!と感じるようになりました。

 

とはいえ、自分の内面に鳴り響く感覚=「うつの不安と焦燥感」は、実態がないものですので、捕まえることのできず、もちろん消し去ることもできず。

自分自身の中に鳴り響くうっとしい感覚に、私は随分と苦しんでいました。

(関連:自分が嫌い!消したい!死にたい!自分を分析

 

うつの不安と焦燥感も存在を認めると和らぎます。

さて、このように私は、うつの不安と焦燥感にまとわりつかれ、向き合わざるを得ない生活を送っていました。

不思議なもので、肝を据えて向き合い始めると、だんだんと慣れてきます。

今まで通り、不安や焦燥感が胸のうちに盛り上がっても、「どうせ、うつが勝手にしていることだよ…」と、少し距離を置いて放っておけるようになりました。

(関連:うつと向き合う生活:強い心より柔らかい心

 

それから、いろいろと活動をしても、うつの不安と焦燥感が気にならなくなってきました。

わかりやすく言うと、うつの不安と焦燥感を感じながら外出したりできるようになってきたのです。

 

そこで、私はふと気づきました。

今までは、うつの不安と焦燥感を無視し目を背けていたからかえって盛り上がってしまっていたんだ…

最近は、うつの不安と焦燥感の存在を認めながらの日々だから、不安焦燥感を感じながらも、外出したりできるようになってきたんだ。

 

確かに、ある時期までは、

うつの不安と焦燥感から逃げたい!

うつの不安と焦燥感を消し去りたい!と感じていた自分がいました。

 

でもだんだんと、

うつの不安と焦燥感はそっとしておこう…

うつの不安と焦燥感の存在だけは認めよう…と感じている自分がいました。

 

うつの不安と焦燥感を、否定していた頃はかえって盛り上がってしまい、認めて肯定し始めたとたん和らぎ始めたのです。

(関連:気持ち=感情は認めると小さくなり、目を反らすと大きくなる。

 

うつの不安と焦燥感は、インナーチャイルドの訴えだった…

うつの不安と焦燥感に限らず、全ての感情は認めると和らぎ、目を反らすと大きくなる…

このような人の心の基本中の基本に、私は体感をもって納得がいきました。

 

例えば、あなただって、誰かに無視されたり馬鹿にされたら落ち着かないでしょう?

でも、居場所を用意してもらえたり存在を気にかけてもらえるとほっと落ち着きますよね。

これは、他人との関わりでも自分との関わりでもまったく同じなわけです。

 

自分の不安を無視したり無碍(むげ)に扱えば、自分の不安を自分で膨らますことになります。

自分の焦りを無視したり無碍(むげ)に扱えば、自分の焦りを自分で盛り上げてしまうことになります。

 

そして、私は、自分はいったいいつごろから、不安や焦りを無視してきたんだろう?という疑問を感じました。

そして、父親にバカにされるのがすごく嫌で、不安や焦りを内側に隠し強がっていた幼い自分の姿=インナーチャイルドを思い出しました。

 

馬鹿にされないかな?

これでいいのかな?

怒られないかな?

機嫌が悪くならないかな?

嫌われないかな?

なんで?どうして?どうすれば?

 

幼少期の内心とでも言いましょうか、父親の顔色を伺い、ビクビクと感じていた不安と焦燥感をふと思い出しました。

そして、自分にまとわりついていた、うつの不安と焦燥感の根本は、幼い自分が父親に感じていた不安と焦燥感だったのだと、心の底から納得がいきました。

父親に見捨てられないように見放されないようにと感じていた、幼い自分の見捨てられ不安が、私のうつの不安と焦燥感の根本だったのです。

つまり私は、幼い頃に感じ始めた不安と焦燥感を、大人になっても感じ続けていた、アダルトチルドレンだったわけです。

それ以来、私は、インナーチャイルドを癒すことで、幼い自分が父親に感じていた不安と焦燥感を和らげ、結果、うつの不安と焦燥感を和らげていきました。

(関連:インナーチャイルドのやさしい解説

(関連:アダルトチルドレンの解説と症例

(関連:アダルトチルドレンチェックリストへ

 

まるで、オセロの角をとるように、根本的な原因を1か所ケアすることで、全体がガラッと変わっていく…

当方メンタル心理そらくもでは、このような短期集中型のカウンセリング&セラピーをゆったりと行っています。

(関連:カウンセリング&セラピーの説明

 

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©2012-メンタル心理そらくも
-- 15時26分--