死にたい理由は、許せぬ自分を捨て生まれ変わりたいから!

死にたいという心理状態について

死にたい、自殺したいと感じる症状は、最も悲しい心の誤解だと思います。

生命の中で、自ら生命を消し去るのは人間だけです。

だから、それは生命レベルの欲求ではなく、常識や立場やルールなどの人間社会の縛りによるプレッシャーが原因だと考えています。

この記事は、私が『死にたい…』という心理状態と向き合い分析した記録です。

 

死にたいというより、自分の一部を捨て生まれ変わりたい!たいという感覚

今まで私は何度も死にたいと思いました。

でも結局実行できません。

そんな自分が、情けなくて、許せなくて、すごく嫌いになります。

そんなことを、ばかばかしいくらいに繰り返していました。

ある時、山の中に入った時、動物の鳴き声を聞いて、とっさに必死に逃げました。

その時ふと思いました、“私は、本当に死にたいと思ってるのかな?”

それは死にたいというより、恥ずかしい自分の一部を山へ捨て去りたいという感覚でした。

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死にたい気持ちの中には、“もし理想の自分に変われたら!”という気持ちが隠れてる!

私が“死にたい”という感覚を分析した時、真っ先に感じた事があります。

それは、きっと死んでも何か物足りなず、死後の世界も気になるという感覚です。

例えるなら、死んだ後の自分の葬式の様子までもがソワソワ気になってしまう感覚です。

どういうことでしょうか?

全部どうでもいいなら自分の葬式の様子に興味など湧かないはずではないか?

つまり、死にたくて死のうと考えているのではなく、自分の一部を消し去りたい。

でも確実にできる方法が見つからないので、死ぬしかないという感覚でした。

消し去りたい自分の一部って何でしょう?

それは、自分の許せない部分、嫌いな部分、邪魔な症状、受け入れられない経験です。

どうしようもなく嫌なのに、必ず自分にまとわりついてくるモノ・コト・感覚=過去の記憶です。

それを消し去るには、自分の好きな部分もまとめて消し去る以外方法がない。と考えていることに私は気づきました。

そして、分析を続けるうちに少しずつ気持ちが変化していきました。

“嫌な部分だけ捨てられればいいのに?でも、メスで切り取れるわけじゃない。”

“そうか、嫌な部分を忘れればいいんだ。でもどうやって?記憶を消すのか?”

“自分を許せれるのなら生きていたい!思う様な自分に変わりたい!”と思う様になりました。

そして、“ならば今ここで、自分が許せるような自分に変わればいい!”と考えられるようになっていきました。

私は、うつ(鬱病)という心の個性に見え隠れする”死にたい”という心理状態の誤解に気づいたのです。

自殺を試みる方は、“100%死にたい”とは思っていないのではないか?と私は考えています。

80%か?60%か?いずれにせよ、残りの数十%は、“生きたい”と思っているのではないか?と私は思いたいです。

でも、自分を取り巻く周囲の状況&プレッシャーから“死ぬ以外に方法がない”“死ねば楽になる”と誤解をしてしまうのではないか?と私は感じています。

なので、なかには防ぐこともできた衝動的なケースもあるのかもしれません。

数十パーセントの嫌いな部分を捨てるために、 自分の好きな部分も一緒に捨て大事な方たちと永遠に別れることになるのは、 私は素直に悲しいと感じます。

そして、嫌いな部分を好きになる方法は世の中にあります。

メンタル心理そらくもでは、死にたいと感じてしまうくらいの辛さをホッと落ち着かせていく集中セラピーを行っています。

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2015年12月20日 | カテゴリー : 心理のコトいろいろ | 投稿者 : sorakumo

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-- 15時45分--